TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.190

TRONWARE Vol.190

ISBN 978-4-89362-356-0
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2021年8月16日 発売


特集1 ニューノーマル時代の組込みシステム

一般社団法人 組込みシステム技術協会が主催するET & IoT West 2021が2021年7月1日、2日の2日間にかけて、グランフロント大阪コングレコンベンションセンターで開催され、7月1日には坂村健教授が「ニューノーマル時代の組込みシステム」と題し基調講演を行った。

坂村教授は、非接触や三密回避などコロナ対策として活用されているIoT技術は、バリアフリー対策やSDGsの取り組みにも有効な技術であると解説した。たとえば、ほとんどの人がスマートフォンなどの個人端末を持つようになったので、それらを非接触スイッチとして音声認識やジェスチャーによる環境制御に使えるようになった。また、密かどうかを知るためにCO2や温度を計測する各種センサーや動体認識の技術が活用できる。坂村教授は、このような環境の自動制御を実現するためには機器のオープンAPI化が不可欠であるとし、TRONプロジェクトが開発を進めるAggregate Computing Modelのしくみを紹介した。

続いてTRONの組込みOSの最新動向として、IoTエッジノード向けにより一層の省資源・省電力化を図ったμT-Kernel 3.0のソースコードをGitHubで公開していることや、big.LITTLEへの対応を進める標準化ボードIoT-Engineなどを紹介。さらに、こうした高度なテクノロジーを使いこなせる技術者を養成するための取り組みとして、INIADが中心となり東京大学、名古屋大学、名城大学といった連携校やトロンフォーラムの協力で運営している、社会人向けの再教育プログラム(enPIT-Pro)「Open IoT教育プログラム」や、INIAD cHUB(東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)が主催する企業対象のDX教育プログラムなどの受講を呼びかけた。

さらにIoT社会実現のための応用プロジェクトとして、Open Smart UR研究会の取り組みを紹介した。INIADとUR都市機構が中心となり63社の協力企業と共同で、TRON のAggregate Computing Model を実現するための未来の住まいやまちづくりを研究しており、2022年3月までに実験住居を4戸作り、実際に人に住んでもらってさまざまな実験を行う準備を進めていることが発表された。

展示会場に設置されたトロンフォーラムとINIADのブースでは、こうしたさまざまな取り組みを紹介するパネルや資料が展示されており、多くの来場者がTRONプロジェクトの活動に興味を示していた。

特集2 INIAD特別講座 ニューノーマル時代の観光

INIADでは特別講座として、メタ観光推進機構代表理事の牧野友衛氏を招き、コロナ禍による観光業への影響や、ポストコロナの観光についての講演を行った。

牧野氏は2000年にAOLに入社して以降、Google、YouTube、Twitter、Tripadvisorなどでサービス開発に携わり、現在はメタ観光推進機構の代表理事や株式会社グッドイートカンパニーのCSO(最高戦略責任者)を務め、観光業や食産業の発展に尽力している。

牧野氏はまず日本の観光産業の現状を紹介し、2030年までに訪日客6,000万人、消費額15兆円という政府のインバウンド政策を実現させるために、必要とされる情報をデジタル化して個人旅行者に向けて発信するB to Cマーケティングの重要性を説いた。

コロナ禍以降、観光への意識も大きく変化しており、旅行先に求めるものとして、人混みを避けてリラックスできることや、感染対策はもちろん病院へのアクセスなどの安全面を重視する傾向もみられるという。観光地では各施設の混雑情報をダッシュボードにして提供したり、ライブカメラの映像を配信したりするなど、工夫を凝らしている。また、施設の非接触化の取り組みも進んでおり、チケットのオンライン予約や非接触のチェックインシステムなどの導入が進んでいる。さらに、消費者のオンラインの滞在時間が増えていくなかで、美術館のオンラインギャラリーツアーや、現地の観光ガイドによるオンラインツアーといったコンテンツで楽しんでもらおうという試みも行われている。

牧野氏は最後に「メタ観光」について、一つの場所でも人によってさまざまな目的や価値があることを可視化する取り組みであると説明した。メタ観光ではこれまで観光とは思われていなかったものにもスポットがあたり、住宅街の中にも観光スポットができて人が訪れるようになるなど、旅行に対する価値観が多様化して観光スポットが分散されていくのがニューノーマル時代の観光になると持論を述べた。

T-Kernel、μITRON と汎用OSを統合するリアルタイム仮想化システム RTS Hypervisor

Real-Time Systems(以下、RTS)社が開発、販売するハイパーバイザー「RTS Hypervisor」(以下、RTH)は、リアルタイム応答が必要なRTOSの動作を可能とする仮想化システムとして、複数のOSを一つのPCプラットフォームに統合する、リアルタイム仮想化システムである。ハイパーバイザーの利用により、複数のPCで行っていた作業を1台の産業用PCに集約することができ、CPU性能のフル活用、ハードウェアコストの削減、スペースや重量の削減、システムの信頼性向上など、数々のメリットがある。

本記事では、日本の産業システムに広く適用されているT-KernelやμITRONの環境と汎用OSを統合するリアルタイム仮想化システムであるRTHについて、産業システムを取り巻く課題から具体的な適用例まで、詳しく解説している。

RTS Hypervisorの構成

産業用パソコンで動作するリアルタイムOS PMC T-Kernel 2/x86

パーソナルメディアが提供するリアルタイムOS「PMC T-Kernel」は、オープンソース版のT-Kernelを機能強化して、品質保証やサポートサービスを含めて提供する製品版のT-Kernelである。

RTS社が開発、販売するハイパーバイザーRTHに対応した「PMC T-Kernel 2/RTH」は、RTHが提供する仮想ネットワークや共有メモリをT-Kernelから利用できるRTH対応機能が追加されている。これにより、各OSの特性を活かしたハイブリッドなシステムを構成できる。

さらに、産業用パソコンを利用したFA 向けの制御装置や監視装置など、Windows やLinux では困難なハードリアルタイム処理と安定したリアルタイム性能を提供する「PMC T-Kernel 2/x86」を利用して、ITRONのプログラム資産の移植の手間を最小限に抑えつつFA機器を再構築するための製品「I-right/TK」(ITRON Wrapper for T-Kernel)や、組込み機器の開発に必須のソフトウェアやサービスをワンパッケージにして安価に提供する「T-Kernel 2/x86 ライセンス付SDK」などを紹介する。

PMC T-Kernel 2/x86を用いたシステム構成

公共交通オープンデータ協議会 2021年度総会

公共交通オープンデータ協議会(以下、ODPT)は、世界一複雑ともいわれる東京の公共交通を誰もが乗りこなせることを目指して公共交通データのオープン化を進めてきた。2015年9月の協議会発足からまもなく7年目を迎えるODPTの2021年度総会が2021年7月7日に開催された。

まず公共交通オープンデータセンターの運用状況が報告された。センターでの提供データ数が日々増加して活用の幅が広がったことを鑑みて、2021年6月1日にセンターの利用規約が改正され、事業者の事情に応じて多様なライセンスでデータを公開することが可能となった。これにより、東京都交通局の提供データはCC BY 4.0ライセンスで公開されるほか、2021年度からは有償データの提供も行う予定である。

現在開催中の「第4回 東京公共交通オープンデータチャレンジ」では、公共交通の静的・動的データや駅構内図のほか、流動人口データや携帯電話の位置情報を利用した人口統計情報データなどの関連データを含め、50を超える組織による250以上のデータセットを公開している。これらのデータを営利目的でも利用可能にした結果、主要な乗換案内サービスを含むICT事業者が、提供データを営利目的のサービスでも利活用できるようになったことが大きな成果として紹介された。

こうした2020年度までの活動を受けて、2021年度は東京公共交通オープンデータチャレンジ終了後の、公共交通オープンデータセンターからの継続的なデータ提供を目指した取り組みを進めていく。一層のセンターの拡充を図り、継続して交通事業者の参画を募っていくことや、センターのプラットフォームを整備する活動も継続して行っていく。

TIVAC Information:FragAttacks

トロンフォーラムは、組込みの脆弱性に関して啓蒙するために「TRON IoT脆弱性センター(TIVAC)」を開設している。米国の国防総省や国土安全保障省などから発信される脆弱性に関するさまざまな情報を、トロンフォーラム会員向けに紹介している。また、TRONに限らず組込みシステム全般に対する危険を広く周知するために、トロンフォーラムのウェブサイトやTRONWAREの「TIVAC Information」のコーナーでも概要を紹介している。

今号では、2021年5月に報告されたFragAttacksというWi-Fiネットワークに対する脆弱性を取り上げている。脆弱性の名称は、FRagmentation and Aggregation ATTACKSで、パケットの分割とそれを後に組み合わせて戻す際の処理の際の問題によるセキュリティ問題だ。Wi-Fiの仕様そのものに3点の問題がみつかり、さらに実装上の問題がいろいろな会社のハードウェアやWi-Fiスタックに発見されて報告されている。詳しくはトロンフォーラム会員向けのTIVACニュースレターで説明している。

組込みのセキュリティ対策に興味をお持ちの方は、ぜひトロンフォーラムに入会して情報収集に役立てていただきたい。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

毎年夏にET & IoT Westが大阪で行われている。コロナ禍以前は毎年大阪に行って基調講演を行い、関西地区の組込み関係の方たちとも交流を続けてきたのだが、今年は残念なことにコロナ禍で会場に行くことができず、リモートで講演を行うこととなった。

7月初め頃には「まもなく緊急事態宣言も解除されるだろう」と思っていたが、この原稿を書いている7月中旬に東京は4度目の緊急事態宣言が発出されることとなってしまった。東京オリンピックを目前に控えていることなども関係しているのだろう。しかし、日本国内の1日のコロナ陽性者数が数千人程度なのに対して、イギリスは人口あたり日本の30倍近くの陽性者数を出しているにもかかわらず、大規模なイベントも行われるようになってきているようだ。各国のワクチン接種の進み具合にもよるのだろうが、いつまでも陽性者数を基準に判断する状況ではなくなってきているのかもしれない。

特集1では、今年のET & IoT Westの基調講演を採録した。テーマは「ニューノーマル時代の組込みシステム」として、はじめにコロナ禍において組込みがどういう役割を果たすのかについて語った。たとえば「密」かどうかの状況認識をするために多くのセンサー群が活躍しているし、非接触を実現するためのスイッチにも組込みの技術は欠かせないように、最近の組込みシステムが役に立つことは言うまでもないだろう。また、TRONプロジェクトでいちばん大きなトピックとして、最新マイコン対応のμT-Kernel 3.0を順次GitHubからリリースしていることを紹介した。TRONプロジェクトでは組込み技術に関する教育も重要だと考えているので、新しいOSをリリースしたときには教育プログラムもセットで用意することが多い。INIAD cHUBがさまざまな教育プログラムを用意しているので、ぜひ本特集を読んでいただき、最新のμT-Kernel 3.0にアプローチしてもらえればと思う。TRONプロジェクトの今とコロナ禍との関係に注目していただきたい。

関連して組込み関係の話題としては、最近のマルチコアのマイコンチップ――たとえばArmのbig.LITTLEアーキテクチャにどう対応すればよいかということも、TRONプロジェクトでは検討している。

さらには、産業用システムで複数のOSやデバイスを連携して動作させるためにはハイパーバイザーが重要な役割を果たす。本号では、産業用システムに広く利用されているTRON系のリアルタイムOSと汎用OSを統合するリアルタイム仮想化システム「RTS Hypervisor」と開発環境について、Real-Time Systems社とパーソナルメディアに解説してもらった。

特集2は、INIAD特別講座「ニューノーマル時代の観光」を採録した。INIADではメタ観光推進機構代表理事の牧野友衛氏を招き、観光業がコロナ禍でどのような影響を受け、またポストコロナの観光はどうなっていくのかについて講演をしていただいた。コロナ禍ではさまざまな業種が影響を受けているが、観光業は特に影響を受けた業種の一つであろう。最新のIT技術を活用して生み出されたさまざまなイノベーションや、観光をDX化し多様な価値観を反映する「メタ観光」など、TRONプロジェクトに関わる方たちにも興味深い話題がたくさん紹介されているので、ぜひご覧いただきたい。

坂村 健

編集後記特別編

ドーナツ形で生きよう

今どこにいるの?

自分の位置情報を常に友達と共有するアプリ「Zenly」が、若者たちの間で人気だという。フランスの会社が開発したアプリだが、多くの国でソーシャル・ネットワーキング・アプリ部門のダウンロード数ランキング上位。特に日本では数年前から同部門ベストスリーの常連という大人気だ。

よく話題になる「オジサンは知らないが、若者は誰でも知っている」タイプのアプリであり、若者の半数から1/3は使ったことがあるという調査もあるという。

機能はある意味単純で、スマホの画面のマップ上に登録した友人の現在位置が常に表示されるというものだ。当然、利用者自身の現在位置も相手のマップ上に表示される。滞在時間やスマホの電池残量や移動速度もわかる。そこから出発地点と移動経路や、スマホの使用状況から相手が寝ているかどうかもわかる。

一時的に位置情報をあいまいにしたり隠したりする機能もあるが、その機能を使っていることが表示されるので「知られたくないことをしている」と思われるのが嫌で、隠す機能はあまり使えないという。

オジサンとしては「常に位置情報を知られるなんて勘弁して」と思ってしまうが、若者としては「相手の都合を察することができる」とか「自然に近くの友達と合流できる」とか位置情報共有のメリットを評価する。

位置情報を閲覧された回数や行動範囲が広い人はランキング上位となるようなゲーム性もあり、交友関係や活動範囲の広さを競ってネットでIDを晒して知らない人とまで共有関係になる若者もいるという。

そこまでいくと極端としても、「今どこにいるの?」といちいち聞かれなくて楽だから、と母親にアプリを入れさせ自分の位置情報を見てもらっている女子高生の話もあり、プライバシーの考え方が大きく変わっていると感じさせる。オジサン世代としては、親に位置情報を常に知られることが「楽だ」という感覚がわからない。

プライバシー意識の変化

実はこのようなプライバシーの考え方の変化は、スマホが普及した10年ほど前から全世界的に見られていたものだ。ネット接続のスマート体重計で自分の体重を皆に公開できる機能で減量に成功したとか、自分のクレジットカード利用記録を公開するサイトで、皆に監視してもらうことで浪費癖が抑えられたとか──聞くたびに驚きの連続だ。Zenlyも、こんなアプリ誰が使うのかと思っていたら、あっという間に人気アプリになった。

子供のころからネットとスマホに慣れ親しんだ世代では意識が大きく変わり、プライバシーの判断基準は「守られている」かどうかより「自分の役に立つ」かがメインになった。いい悪いでなく、それでも成り立つのが今の時代。

その理由を考えるなら、ネットの時代にはプライバシーの「一方的搾取」という構図がなくなってきたからだろう。

「共有」というのは、相手を知れば自分も知られるということだし、Googleなどのネットサービスにプライバシーを知られるのは、自分にあった「おもてなし」とのトレードオフだ。以前、交通系ICカードの移動情報を売ろうとした鉄道会社に大きな非難が巻き起こったが、それも「私の情報で、勝手にお前が儲けるな」という「一方的搾取に対する嫌悪感」によるものと考えれば矛盾しない。

公共サービスとプライバシー

プライバシーを単に「絶対守る」金科玉条でなく、一方的搾取でなく自分のメリットがあるならと──リスクとベネフィットのバランス意識でとらえるようになったのも、バランス判断できるだけのメリットやその情報が簡単に得られるネット時代になったからこそともいえる。

プライバシー保護を絶対としてそれを原則とするのは、過去においては十分な状況情報が得られなかったからだ。十分な情報で状況に応じてバランスをとることができないなら、想定される最大リスクを前提に、それを避けられる行動原則を守るしかなかった。しかし、十分な情報が透明化されているなら、リスクとベネフィットを比較してベネフィットを取れるというのは、むしろ個人の自由の範囲だし、プライバシーだからとそのベネフィットが得られないことのほうが権利侵害だととらえる考え方もできる。

日本でも商業サービスなら企業は瀬踏みしながらも、その新しい感覚に合わせ始めている。それに対してセンスが遅れているのは公共サービスだ。

確定申告も今はネットでできるようになっているが、それでも時間つぶしだと評判は良くない。「マイナンバーがあるから、金の動きはほとんど税務署で把握しているはずなのに」と文句の一つも言いたくなる。北欧などの税務先進国では、税務署が申告を作り国民がそれを見てOKする。日本は逆に国民が申告を作り税務署が採点して間違えていればお叱り、下手すれば罰金だ。日本でも、確定申告で「マイナンバーデータにアクセス許可したら以降の入力が不要になります」としてくれたらオジサン世代でも速攻許可するだろう。

おそらく関連法規含めて、役所的には簡単なことではないのだろうが、民間サービスであれば同じ入力を何度もさせてユーザから不満が出たら、なんとかしようとするだろう。行政の決め事の制約だから、ユーザ(国民)には何度でも手間をかけさせてもいいという姿勢は民間ならありえない。

行政をネット時代に合わせるというのは、単にコンピュータで申請できるなどの小手先以上に、国民の意識変化まで含めた根本的見直しをするべきなのだ。

リスクとリスクの競合へ

しかしスケールを大きくし、社会レベルの複雑さで物事を見ると、リスクとリスクが競合し原則自体が立てられないというようなことも増えていく。たとえば、熱海の土石流では、起点付近の大規模太陽光発電所(メガソーラー)が災害の遠因ではないかと一時取り沙汰された。政府もその設置規制を検討し始めたという。

クリーンな再生可能エネルギーとして大きく期待を集め、東日本大震災後に当時の政府の方針としてさまざまな優遇がなされ、雨後の筍のように増えたメガソーラーだが、その開発が増えるにつれ、乱開発による自然破壊や災害の原因になっているという報道をよく見かけるようになった。

利用価値のないような土地でも、とにかく安い中国製の太陽電池を並べてメガソーラーにしてしまえば、強制的に電気会社に高値で買い上げさせて確実に利益が出る。今はだいぶ厳しくなったが、以前は環境アセスメントも不必要で作り放題。補助金もたっぷり出たので、怪しげな連中を含む多くの業者がこれ幸いと飛びついた。

しかし、太陽電池は劣化するので、そのころに作られたいい加減なメガソーラーの多くが廃墟になっているという。しかもたちが悪いのは、廃墟になって配線が切れていても割れていても、光が当たりさえすれば電位差が生まれる太陽電池は、感電事故や最悪の場合山火事の原因にもなりかねない。

メガソーラーが本質的に悪いわけではなくても、多雨で山が多い日本に合わないのに無理して作るから環境破壊につながっている。さらに言えば、太陽電池を製造する際の環境負荷を考えるなら、すぐに廃墟になるようないい加減なメガソーラーは、どう考えてもマイナスでしかない。さらに最近は中国製の太陽電池の「安さ」というベネフィットの裏にある、ウイグルで生産されているからというビジネスリスクまで取り沙汰されている。

ドーナツ形で生きよう

「クリーンエネルギー」の期待の星メガソーラーが、一方で「環境破壊」の要因になるように、「これですべて解決」のような魔法の技術は、残念なことにこの世に存在しない。そもそも地球温暖化ガスのリスクだけを取り沙汰するなら最も望ましい発電は原子力発電になる。実際、より災害時リスクの小さい第四世代原子炉の研究開発が行われており、すべてのリスクを程度の問題としてとらえバランスある議論をするなら、原子力発電も依然有力なエネルギー選択肢だというのが世界の潮流だ。

最近、ビジネス界で皆が重要視しているSDGs(持続可能な開発目標)に関しても、17ある目標同士の多くが、あちらを立てればこちらが立たずになっているという矛盾が指摘されている。たとえばSDGs 7「エネルギーをみんなに。そしてクリーンに」と15「陸の豊かさも守ろう」の間の矛盾がまさにメガソーラーだ。そもそもSDGsのトップにあげられている「貧困をなくそう」も、目標どおりに地球のすべての人に先進国並みの生活をさせることを目指したら、地球の資源も環境も大変なことになる。SDGsのどれもがいかに良い目標だとしても、どれかだけを優先して目指せば歪みが発生する。

太陽に近すぎれば熱すぎ、離れれば凍り、太陽系で生命が生きられるゾーンはドーナツ形になるという考え方がある。SDGsのシンボルはカラフルなドーナツだが、まさに中心から離れすぎた「危険な地球環境の悪化」にも、近すぎる「危険な困窮」にも、どちらにも陥らないゾーンを目指すべきという「ドーナツ経済」という考え方がSDGsでもクローズアップされるようになった。SDGsすべてを「程度の問題」として俯瞰し全体のバランスを取ること──それのみを絶対目標とする冷静さが求められている。

坂村 健

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