TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.203

TRONWARE Vol.203

ISBN 978-4-89362-380-5
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2023年10月16日発売


特集:生成AIが革新する組込みシステム開発の未来

一般社団法人 組込みシステム技術協会が主催するEdgeTech+ WEST 2023が2023年7月27日、28日の2日間にかけてグランフロント大阪コングレコンベンションセンターで開催され、7月28日には坂村健教授が「生成系AIが革新する組込みシステム開発の未来」と題して基調講演を行った。はじめにChatGPTや「大規模言語モデル」(LLM:Large Language Model)などを例に、生成AIの概要を説明した。そしてINIAD(東洋大学情報連携学部)やTRONプロジェクトで、プログラミングや組込みシステム開発に生成AIをどのように活用しているかについて、解説が行われた。

生成AIとは?

2022年11月にOpenAIが公開したChatGPTは、わずか2か月で1億人のアクティブユーザに達したといわれ、世界的に大きな影響を与えている。それまでのAIは、いわば認識AIとよばれるもので、画像処理、音声処理、自然言語処理など一定の成果が出ていた。一方生成AIはこうした認識AIとは異なり、新しいアウトプットを生み出す力を持っているAIということで、急激に注目されている。生成AIとそれまでのAIとのいちばんの違いは、以前のAIはタスクごとに「元」となるデータがあったうえで結果を出していたが、生成AIは学習データにあてはめて何かを判定しているのではなく、文章や画像などを創造していることだ。

大規模言語モデル(LLM)とは?

生成AIの元になっているのは「大規模言語モデル」(LLM:Large Language Model)だ。ある言語要素の次に何の要素が来るのかを、大量のデータを学習することによりAIモデルのパラメータを調整して確率予測している。このパラメータはGPT-4では1兆個ぐらいあるともいわれており、1兆個のパラメータを調整することにより、大量のデータの中から次に何が来るかというモデルを精緻化していく。

LLMはベースのモデルに少しの学習を追加するだけでさまざまなタスクをこなせる汎用性を持つことがわかっており、LLMは「ファウンデーションモデル(基盤モデル)」とよばれるようになっている。LLMのマルチモーダル化(文字・画像・音声などのデータを統合的に処理すること)の研究も進んでいる。

組込み開発への生成AIの導入

組込み開発はIT分野より難しい面が多い。タイミングの問題などから再現性が少ないバグが発生するなど、マルチタスクのリアルタイムシステムのデバッグは本当に難しく、熟練したエンジニアが必要になる。今後ますますIoTノードの重要性が増すなか、AIによる組込みシステムの開発効率の向上は待ったなしの状況だ。

そこでINIADでは、組込み開発への生成AIの導入の研究に積極的に取り組んでいる。生成AIを使うと実現できることとして、大きく「①開発での直接利用」「②開発の付随業務の効率化」「③システム可用性の向上」「④システム機能の向上」の四つがあげられる。

INIADでは、組込みシステムに限らずソフトウェア開発全般に関する教育に生成AIを最大限に活用している。具体的には、INIAD独自にAI-MOP(AI Management and Open Platform)というシステムを開発した。このプラットフォームは、SlackやTeamsといったさまざまなチャットツール経由でOpenAIのChatGPTなどの生成AIを利用できる。ブラウザからChatGPTサービスを使うのとは異なり、OpenAIのAPIを使うことになるので、入力内容がOpenAIの学習に使われることはない。また、自分が作ったプログラムから各生成AIが用意するAPIを呼び出す場合もAI-MOPを経由させるようにした。AI-MOPでは、無限ループや異常なAPIアクセスを検出すると通信を自動的に停止する機能を持っており、無駄な課金を防ぐことができるようになっている。

INIADでのAI-MOPの活用例として、学生自身が作成したプログラムのデバッグ、学園祭の議事録を自動要約してSlackに流すBotの開発、ChatGPTの助けを借りたC言語のプログラミング、μT-Kernelのコーディングのアシスタントなどがある。

組込みシステム開発へ応用する研究はまだ少なく、INIADでは重点的に進めようとしている。今後の進展にぜひ注目していただきたい。

AI-MOPの構成

TRONプロジェクト 2023年の最新状況

トロンフォーラムの合同総会が、2023年7月13日にINIADで開催された。トロンフォーラム会長の坂村教授が、会員状況や各WG/SWGの活動状況、IEEE MilestoneにTRONリアルタイムOSファミリーが認定されたことなどを報告した。また、トロンフォーラムと協力関係にある中国のCCW(China Computer World)が青島(中国・山東省)に開設する「国際IoT技術応用デモセンター」について、同社のテン社長から届いたビデオメッセージを紹介した。

続いて、TRONエコシステムに参加している公共交通オープンデータ協議会(ODPT)や一般社団法人デジタル地方創生推進機構(VLED)、一般社団法人 IoTサービス連携協議会(AIoTS)、Open Smart UR研究会などの活動状況を報告した。さらに、Open IoT教育プログラムやOpen Smart Cityに向けたDX人材育成プログラムなどのリカレント教育の内容を紹介した。

2023 TRON Symposium(TRONSHOW)は2023年12月6日から8日の3日間にかけて、東京ミッドタウンで開催される。通算40回目を迎える今回は一つの節目となる重要なシンポジウムになる。

TRONプロジェクトでは、常に未来を考えてきた。TRONプロジェクトは2024年に40周年を迎えるが、その先のTRONは原点の良さを生かしつつ、さらに発展させていく。特に、最近重要視しているのはカーボンニュートラルだ。地球の未来を考えるうえで、組込み業界も貢献できることはいろいろあると考えている。

TRONプロジェクト・エコシステム

2023年 公共交通オープンデータの最新状況
~公共交通オープンデータ協議会 2023年度総会~

鉄道・バス・航空・フェリー・シェアサイクル等の公共交通事業者とICT事業者等、117団体で構成される公共交通オープンデータ協議会(ODPT)の総会が、2023年7月11日にINIADで開催された。ODPT会長を務める坂村健教授による進行のもと、2022年度の活動状況と2023年度の活動計画が報告された。

ODPTでは2022年12月から、交通事業者が整備した自社のデータを、希望するタイミングで公共交通オープンデータセンターへ公開できる「会員ポータル」を整備。また、2022年末にMOUを締結したMobilityDataとの連携により、会員ポータルに提出されたGTFSデータのバリデーション機能が提供されたことなど、会員からの評価をフィードバックして、継続的に機能の追加や改良を行っていることを紹介した。

ODPT会員ポータル

TIVAC Information:ルーターの脆弱性の話題とソフトウェアプログラミング作法

ルーターは、ネットワークに接続されているから攻撃対象になりやすい。ルーターへの大規模な攻撃の被害の例としては、この連載でも何度か取り上げた2016年のマルウェアMiraiがあるが、実は日本のIoT応用に使われていたルーターにも同様の問題がつい最近報告された。問題があったのはセイコーソリューションズ(SII)製のLTE利用のIoT向けルーター製品SkyBridgeシリーズである。

たとえばSIIのMB-A100/A110については、「SIIがアクセスするための」アカウントとパスワードが設定されており、そのパスワードが「一意」だった。今回、SII管理用アカウントとパスワードが流出してしまい、インターネットに接続された対象のルーターに対して大規模な攻撃が行われた。まさにMiraiの再現だ。

このような脆弱性の被害を防止するには、単に世間一般に注意喚起するだけではなく、将来を見据えて中学校や高校レベルでの情報科目での教育が重要になるだろう。

二つ目のトピックとして、共同通信が2023年7月27日に配信した「「オー」と「ゼロ」誤入力 放射性廃棄物を過小評価」という記事を取り上げている。記事によると「日本原燃は27日、低レベル放射性廃棄物埋設センター(青森県六ケ所村)で受け入れた廃棄物の放射性物質濃度などが過小評価され、原因は検査装置のプログラムでアルファベットの「O(オー)」を入力するところに数字の「0(ゼロ)」を誤入力したことだったと発表した」と書かれているが、その詳細を日本原燃株式会社が公表している。トロンフォーラム会員向けのTIVACのページでは、Fortran言語で変数初期化を行うdata文にまつわる顛末を読み解いた記事を掲載する予定である。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

長らく日本の情報通信分野の研究開発における問題点として、社会的な出口戦略がうまく描けていないとよく言われている。

近年の例で言うならば、インターネット技術がある。米国では1989年に初のインターネットの商用サービスが始まった。軍事技術から一般的な経済戦略に切り替えて、インターネットテクノロジーをオープンにして普及活動を始めたこの時代に、日本がインターネットの重要性に気がついていなかったということはなかった。

しかし、日本においてネットワーク技術に関する基礎研究が十分だったかどうかは別として、そうしたテクノロジーが社会に大きく普及し、あらゆる産業分野に大きな影響を持つとなった時に、日本が具体的な戦略がうまく取れなかったということは、残念ながらいろいろな意味で事実であろう。

以前から私の著書などでも触れていることだが、「検索エンジン」を例にあげたい。日本でも検索エンジンの重要性に気づいていろいろと試作や研究開発はしていたのだが、テクノロジーだけではなく、運用のルールや制度設計をうまくまとめることができなかったために、海外のサービスに追い越されてしまった。

具体的に言えば、我が国ではGoogle などよりも早くに検索システムの研究開発が進められていたにもかかわらず、非道徳的なものや反社会的な情報までインターネット上のサーバーに上げられていて、検索エンジンが機械的にそれらも検索してしまうという課題があった。しかし、それに対して検索サービスをどのように運営するかをうまく決められなかったために、産業的にすばやく立ち上げることができなかった。

日本はつまり、新しい技術が生まれたときに、それを社会実装する際の制度設計も含めて問題を解決し、推進して社会に普及させていくことがあまり得意ではないのだ。

最近の生成AI を見ていても、今後生成AI があらゆる産業や社会に影響を与えることは間違いないのだが、その運用ルールや制度設計をうまく進めていかないと、世界でイニシアティブを取ることはできないだろう。

オープンデータに関しても、同じことが言える。世界は「オープン」という重要なキーワードをベースに、情報処理システムを連携してサービスを動かす方向に、世界中が向かっている。データに関してもできる限り相互利用できるようにオープンにして、あらゆるソフトウェアと連携できる――すなわちAPI 連携ができるしくみを作っていかなくてはならない。

しかし日本の場合は囲い込みの傾向が強く、自社のデータは自社のアプリケーションだけでしか使えないようにしてしまう。一社だけで技術を囲い込んでいてもたいしたスケールにはならないにもかかわらずだ。

ただし公共交通に限れば、私は公共交通オープンデータ協議会(ODPT)という組織を作り、公共交通関連のオープンデータを公開して普及させてきた。今その成果が出てきている。Google をはじめとしてさまざまな企業がODPT から提供されるオープンデータを使ってくれるようになった。さらに2022 年には、世界的な公共交通データフォーマットの標準化に取り組んでいるMobilityData と戦略的パートナーシップのMOU(合意書)を締結した。東京の公共交通を誰もが乗りこなすことを目指して発足したODPT は、今は国内にとどまらず世界中のオープンデータと連携できるようになったのだ。口幅ったいようだが、こうした取り組みの成功事例を、日本はあらゆる分野で広げていかなければならない。

坂村 健

編集後記

前号の巻頭で、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers:米国電気電子学会)より「TRONリアルタイムOS ファミリー」がIEEE Milestoneとして認定されたことを報告したが、その認定銘板の贈呈式が2023年10月14日に東京大学キャンパスで行われることになった。銘板は一般向けに常設展示される予定なので、東京大学を訪れる機会があればぜひご覧いただきたい。

さて今号の特集では、組込みシステムにおける生成AIを使った応用について、生成AIの研究開発の歴史も紐解きながら解説した。多くの応用分野で生成AIをどのように利用し、推進していくべきなのか。今まさにその考察が必要とされており、TRONプロジェクトでは、生成AIの可能性、課題などについて、研究開発を進めているところだ。

また前号では「カーボンニュートラル」を特集したが、新刊『未来省』で描かれた近未来の世界のように、気候変動という地球規模の課題に対して世界中の人々が連携して取り組む姿勢が、今もっとも必要なことではないだろうか。我が国はそうした大きなスケールでの世界的な外交や連携は得意とするところではないかもしれない。TRONはリアルタイムOSのカーネルから始まったプロジェクトではあるが、さまざまな企業や団体と連携することにより、活動を拡大させることができている。これからは地球規模での問題解決に対しても、なにがしかの貢献ができればと考えている。

1984年から始まったTRONプロジェクトは2024年に40周年を迎える。また通算40回目となる2023 TRONSymposium(TRONSHOW)を2023年12月6日から8日まで東京ミッドタウンで開催する予定だ。節目となる今回のTRONSHOW をサポートしてくださる特別協賛企業も固まってきたところだ。次号はTRONSHOWプレビュー号として、この40年の活動を振り返るとともに、この先40年を見据えた取り組みも紹介していきたい。

坂村 健

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