TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.202

TRONWARE Vol.202

ISBN 978-4-89362-379-9
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2023年8月16日 発売


TRONリアルタイムOSファミリーがIEEE Milestoneとして認定

2023年5月に「TRONリアルタイムOSファミリー」が、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers:米国電気電子学会)によりIEEE Milestoneの“TRON Real-time Operating System Family, 1984”として認定された。2023年秋に東京大学キャンパスでIEEE Milestone認定銘板の贈呈式が執り行われ、一般に公開される予定である。

IEEE Milestoneは、IEEEの広範な活動分野である電気・電子の分野において達成された画期的なイノベーションの中で、公開から少なくとも25年以上経過し、社会や産業の発展に多大な貢献をした歴史的業績を認定する制度である。

1984年に東京大学の坂村健(当時助手)のもとで未来のコンピュータ応用の分野向けにITRON、CTRON、BTRON、MTRONが提案された。その中でもITRONリアルタイムOS仕様が1984年に最初に提案されて、それを実装したOSが広く使われた。これらは現在も改良され、進化し続けている。トロンフォーラムはT-Kernel を皮切りに、小規模版のμT-Kernel、マルチプロセッサ版のAMP T-Kernel、SMP T-Kernelなど多くのバージョンを発表・公開している。今回のIEEE Milestone が対象とするのは、これらのリアルタイムOS群全体である。

IEEE Milestoneは、IEEEのHistory Committeeという委員会で評価され、認定されるという手続きを踏む。TRONプロジェクトの開始は1984年であり、25年以上の歴史という条件は満たす。そこで2022年夏、トロンフォーラムでは龍谷大学名誉教授の長谷智弘氏と協同でIEEE指定の申請書類の準備を開始した。その後査読や審査などの手続きを経て申請書を提出。2023年2月10日にHistory Committeeで承認されたのに続き、IEEE Board of Directors(BOD)においても承認され、5月23日に正式な認定の通知が届いた。

認定にあたっては長谷氏をはじめとしてたくさんの方がたのご支援をいただいた。また、福田敏男IEEE元会長、IEEE JapanカウンシルやIEEE東京支部の方がたに多くのご支援をいただいた。この場を借りて深く感謝申し上げる次第である。

特集 カーボンニュートラル

2015年にパリで開かれた、温室効果ガス削減に関する国際的な取り決めを話し合う「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」にて、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みである「パリ協定」が採択された。パリ協定では、地球規模の課題である気候変動問題の解決に向けて、世界共通の長期目標を掲げている。

  • 世界的な平均気温上昇を工業化以前(1850~1900年)に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する
  • 21世紀後半に、温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成する

日本もパリ協定の締結国となり、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言している。

我が国でも、連日の猛暑による熱中症患者の増加や、数十年に一度といわれるような集中豪雨による河川の氾濫など、地球温暖化や気候変動が原因とみられる自然災害によって、日常生活にもさまざまな影響が出始めている。もはやカーボンニュートラルへの取り組みは世界中で取り組むべき喫緊の課題であることは間違いない。では我々は具体的に何をすべきなのか。

本特集では、現代から2050年代あたりまでの気候変動危機をテーマとした近未来SF小説『未来省』を題材に、その解決の糸口を探る。さらに、組込みシステムやソフトウェアがカーボンニュートラルの実現にどう貢献できるのか、また実際にどのような取り組みが行われているのかを紹介する。

気候変動フィクション『未来省』――パーソナルメディアより発刊

人気SF作家キム・スタンリー・ロビンスンの新作『The Ministry for the Future』の翻訳書『未来省』が、パーソナルメディアより2023年9月に発刊される。

本書は、気候変動フィクションとよばれるジャンルの小説だ。SF小説(Science Fiction)の一つで、英語ではCli-Fi(Climate Fiction、クライ・ファイ)という。物語の中に気候に関する科学的な事実を取り入れ、読者に対して気候変動問題への認識やその解決策への模索を提起するものが多い。その中には遠い将来を舞台にしているものも少なくないが、本書は現代から2050年代あたりまでの近未来の地球が舞台になっている。

本書は2020年10月の発刊以来、大きな評判を呼んだ。バラク・オバマ氏(米元大統領)は、2020年のお気に入りの一冊に選んだ。ビル・ゲイツ氏(Microsoft共同創業者)は、「今後何十年にもわたり有効な地球規模の魅力的なアイデアと人物たちで満ちあふれている」と賛辞を惜しまない。

物語は、2週間で2,000万人の犠牲者を出すインドでの衝撃的な大熱波のシーンで始まる。この少し前の2025年1月に、通称「未来省」が、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の承認のもとに設立される。インドの大熱波以降も世界各地で熱波や洪水などの異常気象が頻発。未来省のもとにはありとあらゆる問題が報告される。未来省のトップに就任したメアリー・マーフィーと世界中の各分野の専門家から構成されるメンバーたちが、科学技術、経済・金融などのあらゆる手段を総動員して、解決に立ち向かう姿が克明に描かれる。そして、そのメアリーの人生に大熱波からかろうじて生還した男性フランク・メイが絡み合っていくところが、もう一つのストーリーになっている。

この小説で実行される科学技術、経済・金融、社会体制の具体的な手段は、すでに実在する技術や提案だったり、部分的に実施されていたりするものばかりだ。それらが実際に実現し広まっていく様子が描かれている。この本を読めば、気候変動問題に対して、今世界で何が試みられているのかを知ることができる小説にもなっている。

本書には、TRONプロジェクトリーダー坂村健教授の解説もある。ぜひ手に取ってご一読をお勧めしたい一冊である。

近未来小説『未来省』を語る

坂村健TRONプロジェクトリーダーには、このたびパーソナルメディアから刊行される『未来省』(キム・スタンリー・ロビンスン著)の解説を執筆いただいた。そこで、この本から感じたこと、考えたことを改めてお伺いした。ここではその一部を紹介する。

***

冒頭が実に衝撃的。2025年にインドで大熱波が起こり、2週間で2,000万人もの犠牲者を出すというところから物語が始まります。最近日本も含めて世界的に、気候変動により多くの災害が起こっています。日本では地震、季節的には集中豪雨が顕著ですが、世界的には、熱波、台風、干ばつ、海面上昇、生物種の喪失。またそれらを原因とした、貧困、食料危機、健康リスクの増大など、世界中で多くの危機が報じられています。

地球が大きく変わりつつあるということは皆が感じているのですが、そういうときに、この冒頭を読むと、たいへん驚かされるのと同時に、起こる可能性がある未来のように思えてきます。

この小説の中では、熱波が起こる少し前の2025年1月に国連に通称「未来省」が設立されます。未曾有の問題に対し、地球社会全体でどう解決していくのかということを、冒頭のシーンから地球に再生の兆しが見えるまでの30年ぐらいにわたる「未来省」の活動を通して描いています。

単に科学的な知見だけで地球温暖化を解決しようとするのには無理があると誰もが思っていることです。そうした中、科学技術、経済、金融、社会制度、政治などを駆使して人間社会全体で対応していくという「未来省」のアプローチはとても現実的であり、本書に説得力を持たせているところです。

気候変動により地球が壊滅した後のディストピアを舞台にした小説はたくさんありますが、この本は、気候変動問題に真正面から取り組み闘っていく、希望が持てるようになる小説です。ある意味ユートピア小説だともいえるかもしれません。またSFというと遠い未来を描く小説という印象を持っている人が多いかもしれませんが、この本は現代から20~30年先ぐらいまでの世界を描いていて、近未来小説というほうがわかりやすいかもしれません。

この本は、記述されている事柄を追うだけでも、近未来の気候変動経済小説として、新たな視点を与えてくれます。しかし、さりげなく散りばめられた言葉やエピソードの裏にある意味を理解すると、より一層、物語全体を立体的にとらえられるようになります。

その意味では、教養がたっぷりと詰め込まれた小説で、読み手の意識・知識・教養・洞察力に応じていろいろな理解ができるのも本書の魅力だと思います。

組込みシステムの力でカーボンニュートラルを実現する

世界は2050年までのカーボンニュートラルを目指している。カーボンニュートラルとは、二酸化炭素の排出量と除去量の差し引きをゼロにするという意味だ。日本での二酸化炭素の排出の内訳は、産業部門:37%、運輸部門:19%、業務その他部門:19%、家庭部門:17%と、あらゆる部門で排出されている。

組込みシステムがどのようにカーボンニュートラルに貢献するかを考えた場合、以下がすぐに思い浮かぶ。

  • IoTを活用したスマートシティ、スマート工業、スマートホーム
  • 大量の各種センサーを活用した排出量の削減
  • 大量に電力を消費するデータセンターでの学習をエッジデバイスで置き換える動き

一方で、組込みシステム自体もカーボンニュートラルに配慮しなければならないという指摘もある。

本稿では、組込みシステムやソフトウェアがカーボンニュートラルの実現にどう貢献できるのか、どのような取り組みが行われているかを、さまざまな文献を通じて紹介する。

TIVAC Information:CISAのSecurity-by-Design and-Default宣言

アメリカの政府機関CISA(The Cybersecurity and Infrastructure Security Agency)が、セキュリティ対策は設計段階から考慮し、使い始めるときから機能が有効になっているように設定するべきだという見解を述べた文書を2023年4月13日に発表した。

宣言に参加したのは、CISAのみならずアメリカの主要な政府機関、FBIとNSA(National Security Agency)、イギリス、カナダ、ドイツ、オランダ、オーストラリア、ニュージーランドである。これらの国々は、Five Eyes(旧英国植民地からなる英国連邦の諜報機関レベルの情報の収集などで相互協力をしている五つの国)+ドイツ、オランダということになる。NSAは、アメリカの海外情報収集機関である。この文書にFBIやNSAが名を連ねているということは、過去数年の政府機関や企業への侵入、ランサムウェアの攻撃などに司法機関、情報機関の懸念が高まっている背景がある。明らかに一部は国家レベルの資金とマンパワーを持つグループによる侵入であり、その侵入を可能にしているのが、TIVACで論じているようなセキュリティ問題であり、それを防止することが国家の利益になると考えているわけだ。

“Shifting the Balance of Cybersecurity Risk: Principles and Approaches for Security-by-Design and -Default“というタイトルからわかるように リスクに関する解決すべき問題を設計段階で考慮して、提供する際のデフォルト設定も安全第一にせよという主張の文書だ。今はかなり利用者側に手間をかけさせているが、もっとソフトウェア、ハードウェアのベンダー側にそのセキュリティ対策の主体を移すべき、という主張になっている。

このCISA文書の最後には、共同で文書を発表した各国の省庁、政府機関の出している文書が参照されている。トロンフォーラムの会員向けページでは、その中でもタイトルに「IoT」という言葉が入っているオーストラリアの文書の解説を行っている。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

「TRONリアルタイムOSファミリー」がIEEE Milestoneとして認定されたといううれしいニュースが5月に飛び込んできた。IEEE Milestone は、IEEEの広範な活動分野である電気・電子の分野の画期的なイノベーションの中で、誕生・公開から少なくとも25年以上経過し、社会や産業の発展に多大な貢献をした歴史的業績を認定する制度だ。IEEEの中でも特に権威があるものだといわれている。2023年、私とTRONプロジェクトはIEEE Masaru Ibuka Consumer Technology AwardとIEEE Milestoneの二つの賞をいただいた。

TRONプロジェクトは2024年に40周年を迎えるが、その直前にIEEEからこうした賞をいただけるということで、TRONプロジェクトに対して、大きな区切りがついたように思える。プロジェクト始動当時から現在にかけて、さまざまな形でTRONプロジェクトに関わってくださったすべての関係者の方がた、および長きにわたりご支援いただいているトロンフォーラム会員各社の皆様に、改めて感謝の意を表したい。

今号の特集は「カーボンニュートラル」だ。SF作家のキム・スタンリー・ロビンスンの新作『The Ministry for the Future』の翻訳書『未来省』が、パーソナルメディアより2023年9月に刊行される予定だ。気候変動問題がテーマの近未来小説だが、科学技術、経済、金融、政治など、話題が多岐にわたるため、翻訳には1年ほどかかった。私はこの作品の翻訳を推薦した手前、翻訳書の解説も引き受けた。

実はこの本が書かれた2019年はコロナ禍に突入する前で、もちろんロシアによるウクライナ侵攻も起こっていない。つまり、現在は『未来省』で描かれている世界よりもひどい状況になっているともいえるのだ。日々人命が失われている事態はもちろんあってはならないことだが、カーボンニュートラルという観点からみても、戦争によって大量のCO2が排出されているわけで、世界のあらゆるバランスが崩れている状況だ。コロナ禍で人々の活動が制限されたことでCO2の排出量を減らせた時期もあったというが、戦争によってその成果は帳消しになってしまった。

私は生成AI の技術は重要だと思い積極的に推進しているが、AIに学習させるときには大量のエネルギーを消費するので、カーボンニュートラルの面からみるとあまり良いことではないのかもしれない。IoTの分野でも、エッジノードが重くなると消費電力が増えてしまうので、大量に使われるエッジノードは軽くして消費電力をできるだけ減らし、大きな仕事は全部クラウドで行ったほうがいいというのは、私が長年主張していることだ。さらに、IOWN(アイオン)のような高効率で低消費電力の新しい技術を推進していくなど、アーキテクチャに対しての大きな変革が求められている。

カーボンニュートラルについてもTRONプロジェクト全体で考えていく必要があるだろう。今号の特集がそのきっかけの一つになればと期待している。

坂村 健

編集後記

文科省のAI利用指針によせて

つい先ごろ文部科学省から「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて」という指針が発表された。指針の内容を要約すると、

  • 教育分野では、生成AIの適切な利用により学修効果の向上や教職員の業務効率化が期待されているが、一方でレポート等の作成に生成AIのみが使われること等に対する懸念もある。
  • そこで、大学・高専では、教育の実態に応じて生成AIの取り扱いについて対応を検討し、学生や教職員に向けて適切な指針を示すことが重要。
  • その際、生成AIの進歩が続き、教学面への影響が変化することも想定されるため、継続的な状況把握と対応の見直しが必要。
  • 具体的な観点としては、生成AIと学修活動との関係性、成績評価、生成AIの技術的限界、機密情報や個人情報の流出・漏洩の可能性、著作権に関する留意点などがあげられる。
  • これらの観点をふまえ、各大学・高専は主体的・継続的に指針の見直しや対応を検討することが期待されている。

という内容だ。重要な論点は網羅されているし、基本は各現場に任せるということで、あたりさわりはない。しかし、指示が明確でないため、主体性のない大学は対応に苦慮するだろう。生成AIについては、私が学部長を務めるINIADは日本の大学の中でも特に積極的に使う方針を打ち出している。将来的には、すべての大学がそうなっていくべきだと思っているが、現時点で体制的にそれができない大学が多いことも理解できる。なぜなら、生成AIは「知」という大学教育の本丸に影響を与えるので、教育の方法すべてを見直して変更しなければならないからだ。

大学の先生方の中には、長年使い慣れた講義ノートを使い、大教室でずっと同じような講義や課題を何年もそのままやっている先生がいたりする。AIを前提とするとなると、そういう人が長年かけて構築したノウハウすべてが過去のものになりかねない。そうなると「今までどおり」で教育するために、一番安易な「学生に使わせない」方向に走る気持ちもわかる。しかし単に「使わないように。使った人は申告しなさい。単位を取り消します」などと言っても、使ったほうが楽でさらに良い結果が出せるなら、それをモラルだけで止めるのは難しい。「正直者がバカを見る」ようなシステムは、必ずモラルハザードにつながる。

そこで、学生がAIを使ったかどうかを判定したいという話になり、すでにそれを商売にする向きも出てきている。しかし、原理的にいって、現時点においても将来においても、学生の提出物が確実にAIで生成されたものかどうかを、結果のみから判定する技術は不可能だろう。同じ課題をAIに与えてその結果と比べるといっても、プロンプトを少し工夫すれば、異なる結果が得られるし、なにより素の状態で課題を与えたときに出てくる「網羅的で一般性の高い、そつのない答え」は、そういうことを求める課題であれば誰もがたどり着く正解であって、それを「よく書けているから、AIが書いたのだろう」などと疑われては、学生も立つ瀬がない。

米国の大学で、AIを使ったか自己申請させ、しかも否定した学生のレポートもAIで評価して、AIを利用していたと教授が判定した学生をすべて不可とした例が最近ニュースになっていた。ネット上では多くが批判していたし、その後その教授自身の論文をAIに与えたら、AI作成と評価されたということで笑いものになり、大学が介入して不可を取り消す事態になった。

「AIを使ったか申請させる」のは、傾向を知ったりデータを取ったりする意味ではいい。しかし、それを成績に反映させれば、正直者がバカを見る状況を作り、さらなるモラルハザードに陥るだけである。もしAIを使わない素での能力を測りたいなら、教師側が大変でも口頭試問にするか、定期試験は外部ネットワークに接続不能の特定端末で特定の場所に集めて回答させる体制にするべきだ。現状のクラウドAIならそれでいい。ネット経由でAIに答えを聞くのはSNSで他人からアドバイスを得るのと同じで、一般の試験でのカンニング対策と同様だ。実際、INIADの定期テストは、外部ネットワークに接続不能の閉鎖ネットワーク環境で行うようになっているし、将来的にローカルAIが高度になったら、BYO-PC(Bring Your Own PC)でなくChromebookなどで試験専用のローカルネットワーク環境を構築することも計画している。

また、定期試験ではないINIADの課題は、単に課題文をAIに与えた結果をそのままコピーしたのでは評価が低くなるような課題の出し方を多く試している。つまり、その過程でAIと討論し、よりレベルの高い結果を得られる能力を評価している。INIADでは、生成AIとの対話ログを提出させる、ハルシネーションを意図的に起こさせてその原因を考えさせる、などだ。また、細かい指導は「AIに聞け」と、AIをティーチングアシスタントとして利用しており、授業の進度も、求めるレベルも、学生のAI利用を前提にして上げている。今やINIADではAIを積極的に使わない生徒はついていけないだろう。なので、不公平にならないように全員がGPT-4を無料で使える環境を大学として提供しているぐらいだ。
文科省の指針に「AIが生成した文章かを判定するツールを学修成果の評価等に活用する場合でも、その結果を過信しないことが重要であること」と、一文を入れたことは評価できるが、さらに一歩進んで、「そういうツールの信ぴょう性は低く、混乱につながるので、利用すべきではない」と書くべきだったと思う。

現行のガイドラインは、大陸法ベースの日本の行政の癖で、ポジティブリストで「やっていいこと」を、AI利用の例としてできるだけ網羅しようというものになっている。しかし文科省自体が指針で書いているように「技術の進展や指針等の運用状況に応じて、対応を適宜見直すことが重要である」という観点からいうならAIに関するガイドラインは、「こういうことだけはやってはいけないが、あとは適宜考えてくれ」という方針を明示するネガティブリスト形式で示すしかない。

法律自体がネガティブリストを基本とする英米法の国家──特に米国が有利なのは、そうした社会自体のカタチがイノベーションに適している点が大きい。進歩の激しい技術が社会にストレートに影響する状況では「技術の進展や指針等の運用状況に応じて、対応を適宜見直すことが重要」であり、事前に「やっていいこと」を想定するのは不可能だからだ。

文科省はネガティブリストとして「AIの利用を成績に反映する場合の責任を学生に追わせてはならない」と明確に書くべきだ。なによりも、新しい課題や試験の工夫をせずに、今までの講義ノートやレポート課題を変えずに使いたい──だから学生に「AIを使うな」というのは、やはり教育側の怠慢と言われても致し方ないだろう。

坂村 健

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