TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.206

TRONWARE Vol.206

ISBN 978-4-89362-383-6
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2024年4月15日発売


特集:環境芸術学会 学会大賞 記念講演「ヴィジョンとしてのTRON」

坂村健教授が2023年度環境芸術学会大賞を受賞し、2023年12月10日に環境芸術学会第24回大会の会場である東京工科大学蒲田キャンパスで記念講演会と授与式が開催された。本特集では、記念講演の内容を一部再編集して採録している。

「環境芸術学会」は環境芸術の確立と発展を目的とする学術研究団体であり、2000年に設立された。環境芸術とは、自然の環境、地域社会、または公共空間の状況を取り入れたり反映したりするアートの一形態である。本学会は、「環境」という概念を新しい視点から再定義し、その範囲を宇宙環境から身体環境まで含めた幅広い領域における創造活動を対象としている。毎年、環境芸術学会賞を決定しており、中でも学会大賞は最上位の賞であり、歴代受賞者は個人では今まで一人と数少ない。

記念講演で坂村教授は、「ヴィジョンとしてのTRON」と題して、これまでのTRONプロジェクトでのデザイン活動について紹介した。環境をコンピュータ化する「超機能分散システム」構想から、環境に人間の仲立ちをするユーザインタフェースとしてのBTRONのコミュニケーションマシン、さらには近年のAggregate Computing Modelまでを解説。また、「TRONプロジェクト」での環境デザインにおけるイノベーションの具体例として各種応用プロジェクトを紹介した。

TRONの技術を活用し、日常生活をよりスマートかつ機能的であると同時にデザイン性も向上させるIoTの実施例として、「電脳住宅」やTOYOTAの未来住宅「PAPI」、さらには近年の「Open Smart UR」や「INIAD HUB-1」を示した。また「電脳ビル」および「電脳都市」の構想や、各種のデザイン活動──インテリアデザインやTRONSHOWなどのイベントデザインについても取り上げた。

本講演はこうした40年にわたる豊富な実例を通して、環境デザインの新しい可能性とテクノロジーの役割に焦点を当て、受賞に至るまでの坂村デザインを総括するものとなった。

歩行空間DX研究会シンポジウム

2024年1月16日、国土交通省は2023年6月に発足した「人・ロボットの移動円滑化のための歩行空間DX研究会」の活動として、「第1回 歩行空間DX研究会シンポジウム」を東洋大学赤羽台キャンパスINIADホールで開催した。同研究会の顧問には、「ICTを活用した歩行者移動支援の普及促進検討委員会」の委員長である坂村健教授が就いている。

国土交通省政策統括官の小善真司氏による開会挨拶に始まり、第1部のプロジェクト紹介・プレゼンテーションでは、坂村教授から本研究会への期待として、「情報通信技術を使った新しい道路、バリアフリー建築、まちづくりのために継続的な活動が必要」との言葉が述べられた。内閣総理大臣補佐官の森昌文氏からは「ユニバーサル社会の実現に向けて、障碍者、子育て世代、高齢者などの安全な移動を支援していく」とビデオメッセージが寄せられた。続いて、国土交通省総合政策局総務課政策企画官の松田和香氏より本研究会の発足に至るまでの経緯と施策の紹介が行われた。また、INIAD 教授の別所正博氏から「歩行空間の移動円滑化データワーキンググループ」取組報告、日本大学理工学部交通システム工学科教授の佐田達典氏から「歩行空間の3次元地図ワーキンググループ」取組報告が行われた。

第2部は坂村教授がコーディネータを務め、『「持続可能」な移動支援サービスの普及・展開に向けて』をテーマにパネルディスカッションが行われた。パネリストに別所氏、佐田氏のほか、「みんなでつくるバリアフリーマップ WheeLog!」アプリを中心としたバリアフリー推進活動を展開するNPO法人ウィーログ代表理事の織田友理子氏、渋谷区の障がい福祉推進計画の策定やバリアフリーマップの検討などを担当する渋谷区福祉部障がい者福祉課主任の髙橋雄太氏、自走式ロボット「Cuboid」の研究開発や実証を主導するソフトバンク株式会社テクノロジーユニットCS室ROS-SI推進課長の古谷智彦氏が加わり、視聴者から寄せられた質問も交えながら幅広い視点で議論が繰り広げられた。

地方公共団体のDXを推進するVLEDの活動

TRONはリアルタイムOSでIoTノードを作るところから始まったが、単にノードをネットにつなぐだけでなく、ノード同士が相互に有機的に連携するための、もっと大きな意味でのIoT――さらにはスマートな環境が重要視されている。そうした幅広い技術分野を取り扱うために、トピックごとにトロンフォーラムとは別の社団法人やNPOが運営されている。

一般社団法人デジタル地方創生推進機構(VLED:ヴイレッド、理事長:坂村健)は、そのような社団法人やNPOの一つであり、地方公共団体によるDX(Digital Transformation)の推進を目指している。

VLEDは、2014年に、地方公共団体などが保有するデータを、オープンデータ化することを促進するために設立された。オープンデータとは、公共機関の持つデータを、コンピュータ可読なかたちで公開し、それを住民や関係する人々が活用できるようにするという施策である。このオープンデータ化を推し進め、多くの人がそれを利用し連携することによって、社会を前に進めていこうという、いわゆる住民参加型行政を我が国で推進することを目的として設立された。

その後、ネットワークインフラの進展に伴って、オープンデータの整備も進み、可能性が増してきた。そしてDXへの理解とともに、地方の活性化のためにDXの考え方が使えないかという関心も高まってきた。このため、2022年、VLEDは法人名を現在の「一般社団法人デジタル地方創生推進機構」に変更し、オープンデータだけでなく、広くDX全般に活動範囲を広げ、政府、地方公共団体、民間関係者、IT業界、住民の方々との連携も深める組織として、活動を進めている。

VLEDは、地方公共団体によるDXの推進を目的として、以下の三つの活動を中心に行っている。

  1. 地方公共団体DX事例データベース
    VLEDが地方公共団体によるDX・デジタル化に関する事例を独自に収集し、それをデータベース化して、公開している。
  2. 地方公共団体事例の取材記事
    地方公共団体によるDX・デジタル化事例について、その経緯や特徴、同様の事例を実現しようとしている地方公共団体へのメッセージ等を担当者に取材し、その記事を公開している。
  3. シンポジウム・自治体向け研修等の動画
    地方創生DXに携わっている方々の取り組みや、地方創生DXに関連するソリューションを動画で紹介している。

本記事では、こうしたVLEDの活動について紹介している。

TRONプロジェクトのエコシステム

TRONプログラミングコンテストに応募しよう~新しいBSP(ボードサポートパッケージ)を使いこなす

TRONプログラミングコンテストは、マイコンメーカー各社の協力のもと、トロンフォーラムの主催で行われている。マイコンメーカーは、インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社、STマイクロエレクトロニクス株式会社、NXPジャパン株式会社、ルネサス エレクトロニクス株式会社の4社であり、応募者にはエントリー審査のうえで各メーカーのマイコンボードが提供される。なお、応募者が自身で同じマイコンボードを入手すれば、コンテストへの応募は可能だ。

コンテストは「RTOSアプリケーション部門」、「RTOSミドルウェア部門」、「開発環境・ツール部門」の三部門に分かれており、そのうち「RTOSアプリケーション部門」は一般部門と学生部門でそれぞれ審査を行う。賞金総額は500万円で、部門ごとに最優秀賞、優秀賞、特別賞を設ける。

コンテスト対象のマイコンボードに対して、トロンフォーラムからリアルタイムOS「μT-Kernel 3.0」を簡単に市販ボードで実行できるパッケージ「μT-Kernel 3.0 BSP2」がGitHubにて公開されている。本記事では、μT-Kernel 3.0 BSP2についても具体的に解説している。

μT-Kernel 3.0 BSP2を活用すれば、市販のマイコンボードとメーカーが無償で提供するIDE、さらに標準で用意されたA/DコンバータやI2C通信のデバイスドライバを用いて、これまでにも増して簡単にアプリケーションプログラムを作成することができる。特にμT-Kernelの使用経験がない方も、この機会に挑戦していただきたい。そして、完成したプログラムをTRONプログラミングコンテストにぜひ応募してみてほしい。

各マイコンボードの外観

TIVAC Information:困ったトレンド:紺屋の白袴

セキュリティ関連製品(リモートアクセスVPN、Firewall等)に脆弱性の報告が続いている。セキュリティを担保するための製品のはずなのにどうしてかと思いたくなるが、それが現実だ。脆弱性問題を意識しなくて良い製品はないと考えて対処することが必要だ。

セキュリティ関連製品購入の検討の際には、過去数年間に脆弱性問題がなかったか、問題発生の際の対応は迅速だったかを確認する必要がある。米CISA(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency)の情報を調べるには、Cybersecurity Alerts & Advisories(https://www.cisa.gov/news-events/cybersecurity-advisories)のページを開き、左側にある「What are you looking for?」に[会社名, 製品名]を入れれば検索できる。JPCERTの場合にはGoogle検索で[製品名 site:jvn.jp]を入れると検索できる。

こうして製品を絞り込んで購入する製品を決定したうえで、もしその製品を導入後に脆弱性問題が判明した場合でも、その影響が少なくなるようにシステム設計することが必要だろう。そしてセキュリティ問題が迅速に発見される検知システムの構築をする。

セキュリティ問題を多くの人に伝えるために、CISAは、イラストを含んだガイドラインやベストプラクティスを用意して公開している。CISAは米政府のDHS(The Department of Homeland Security:国土安全保障省)の傘下にあるために、米国での警察、消防、救急医療の観点でのセキュリティも論じられている。IoTとよばれるように、コンピュータが入った多数の機器がネットワークにつながっていると、これまでの民生の組込みコンピュータのセキュリティの分野をはるかに超えた問題意識が必要なことが良くわかる。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

本誌前号のHeadline でも速報で紹介したように、環境芸術学会より2023 年度環境芸術学会大賞を頂いた。環境芸術とは、最近のテクノロジーや社会情勢などが芸術にも影響を与えているという観点から、自然の環境、地域社会、または公共空間の状況を取り入れたり反映したりするアートの一形態だ。「環境」という概念から芸術を新しい視点で再定義しており、最近のまちづくりや景観デザインのあり方なども研究の対象となる。そうした学会から大賞を頂けるのはたいへん嬉しいことである。その授与式での記念講演の模様は本号に採録しているので、ぜひご覧いただきたい。

TRON プロジェクトは、単にコンピュータを作るだけではなく、そのコンピュータが社会や生活にどのように影響していくのかということを常に考え、その実現に向けて研究開発を続けてきた。特に住生活における影響に強い関心を持ち、住宅やビルに関する創作活動を含め、新しい挑戦を何度も繰り返してきた。

その一つがAggregate Computing Model――生活環境に多くのセンサーやアクチュエータを導入し、人と環境が相互に作用していくための技術の実装である。その中でユビキタス・コミュニケーター(UC)という情報携帯端末をApple がiPhone を発表する数年前にデザインして、実際に動くものも製造していた。ここで言いたいのは、今のスマートフォンの原型をAppleよりも先に作っていたということではなく、そうした先進的なコンセプトに基づき研究開発をしてくれた日本の企業もたくさんあったのに、なぜ日本では実際の製品化につなげられなかったのかということだ。UC を開発していた頃の日本はガラケーで成功していたので、スマートフォンの原型のようなものを作ってもあまり興味を持ってもらえず、結果的にスマートフォンの時代に乗り遅れてしまった。LSIにしても、DRAMで成功してしまったために、本来ナノメートル級の半導体開発に投資すべきときに投資できず、気がついたら世界から取り残されてしまっていた。

つまり日本は、一度成功してしまったためにその成功体験からなかなか抜け出せず、次の投資に対しての決断ができなかったのだ。しかし、次のステップに進むためには自らの成功を自らが壊していかなければならない。日本の家電メーカーも半導体メーカーも衰退してしまったことを考えると、成功体験を土台にしつつも、さらにジャンプアップするために果敢に攻めていくという風潮に変えていかなければならないと、改めて実感した次第だ。

坂村 健

編集後記

3月16日に情報処理学会の全国大会に招かれて基調講演を行ってきた。今回の会場は神奈川大学のキャンパスだったのだが、実は私が情報処理学会の全国大会に出席するのはおよそ半世紀ぶりで、たいへん懐かしい思いで参加した。会場とオンラインのハイブリッド開催だったが、会場での参加者もとても多く、あちこちで熱心なディスカッションが行われていて、感慨深かった。オンライン参加者のために発表者は全員Zoomに入ってパソコンの画面に向かって発表をするのも現代風で、これなら会場に行かなくてもいいのではと思ったりもしたが、研究者同士が会場で親交を深め、リアルに情報交換するのも学会の魅力の一つであることも確かだ。

詳細については次号で紹介する予定だが、セッションのテーマは「生成系AIによる情報教育へのインパクト」。生成系AIの台頭によって情報教育をどう変えていくべきなのかということを議論した。要は、半世紀前のコンピュータ教育と今のコンピュータ教育はまったく違うものになっているということだ。半世紀前に主流だったアセンブリ言語や、FORTRAN、COBOL、BASIC といったプログラミング言語は今の若い人は知らないだろう。言葉というのは変わっていくものなので、たとえば同じ日本語でも江戸時代と明治時代、戦前と戦後とでは違うものだし、それは英語でも同じことだ。そういう意味で、生成系AI がプログラミング言語に与える影響も強いだろうし、プログラミングのスタイルにも大きく影響していくだろう。

特に教育に関していえば、私も長く教員をしていたので、一度作った講義ノートを定年退官まで大事に使い続けたいという気持ちもわからなくもないが、今は「変わっていく」ということが求められる時代だ。学ぶ側だけでなく教える側が特に強い意志を持って変わっていかなければならない――変わることのみが正義だと、改めて認識した。

坂村 健

Share / Subscribe
Facebook Likes
Tweets
Send to LINE