TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.204

TRONWARE Vol.204

ISBN 978-4-89362-381-2
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2023年12月15日発売


特集:2023 TRON Symposium─Preview─

TRONプロジェクトは、1984年に始まったリアルタイム組込みシステム開発環境の整備プロジェクトである。いまでいうIoT──「超機能分散システム」の普及を予見し、その時代のリアルタイム組込みシステムの需要増に対応するためにスタートした。

今年2023年には、プロジェクトリーダーの坂村健がIEEEからIEEE Masaru Ibuka Consumer Technology Awardを受賞し、また、TRONリアルタイム・オペレーティングシステム・ファミリーがIEEEマイルストーンに認定されるという二つの大きな評価を受けた。

IEEEマイルストーンは、IEEEによって、電気・電子・情報技術およびその関連分野における重要な技術的成果を認定し顕彰するプログラムである。このプログラムは、1983年に設立され、ユニークな製品、サービス、基本的な論文、および特許など、IEEEに関連するあらゆる分野の優れた技術的成果を強調し、社会全体のエンジニアリングに対する理解と評価を向上させることを目的としている。具体的な認定基準としては、25年以上にわたって社会で高く評価されている実績が必要とされてる。

このIEEEマイルストーン認定は、TRONリアルタイム・オペレーティングシステム・ファミリーの技術的成果とその影響を認識し、評価するものとなっている。この認定により、東京大学に記念のプレートが恒久展示された。

今年のTRONSHOWでは、40年の成果を振り返る記念セッションが開かれるほか、TRONプロジェクトの未来に向けた展望についても議論される。

Open Smart UR

INIAD cHUBとUR都市機構は、ハウジングOSのエコシステム確立のためOpen Smart UR研究会を発足させ、活動を行っている。昨年10月には、狭い空間での快適生活を最適設計するために多種多様なセンサー、アクチュエータを装備した「生活モニタリング住戸」が完成した。機器のベンダーが異なっていても共通化されたAPIによって統合的な利用が可能だ。1962 年築の約40㎡の物件をリノベーションした4タイプの住戸から成り、URが持つ70万戸以上の類似住戸のリノベーションへの応用を狙っている。

2023年に入り、この住戸を活用した地域のサービス事業者を巻き込んだ実証実験や、体験居住を通したデータ収集をはじめており、研究会への参画企業とともにさらなる展開を進めていく。

公共交通オープンデータ協議会

公共交通オープンデータ協議会(ODPT)は、次世代の公共交通情報サービスのための標準プラットフォームの開発・構築を行う団体である。各種の交通機関のデータをワンストップで提供する「公共交通オープンデータセンター」を運用しており、Google、Yahoo!、ジョルダン、ナビタイムなどの公共交通情報サービスが利用している。

2022年12月には「ODPT会員ポータル」とよばれる交通事業者向けのサービスを公開し、ODPTへの入会申請やODPTセンターへのデータ提供をワンストップで管理できるシステムの運用を始めた。2023年3月にはGTFS-RT形式の動的データの管理機能、4月にはGTFS/GTFS-JP形式の静的データの形式を検証する品質チェック機能(バリデーション機能)などを追加し、交通事業者がより品質の高い自社の交通データを負担少なく提供できる機能の提供を続けている。

一般社団法人デジタル地方創生推進機構

一般社団法人デジタル地方創生推進機構(VLED)は、公益事業者が保有するデータのオープンデータ公開を推進するだけでなく、広くDX全般に活動範囲を広げ、政府、地方自治体、民間、住民との連携を深める組織として活動している。

2023年度は、「地方公共団体DX事例データベース」を公開した。

これは、既存の政府・地方自治体・民間による公開情報等を参考に、地方自治体によるDX・デジタル化に関する事例をVLEDが独自に収集・構築したデータベースである。

μT-Kernel 3.0

μT-Kernel 3.0は、IEEEの定めるIoTエッジノード向け世界標準OSの仕様「IEEE 2050-2018」に完全上位互換のリアルタイムOSである。ソースコードおよび関連ソフトウェアはGitHubで公開されており、無償で自由に使うことができる。

今年リリースされた最新バージョン3.00.07では、各マイコンメーカーが提供する開発ツールやファームウェアとの親和性が強化され、各種開発環境でのμT-Kernel 3.0 の使用がさらに容易となった。

トロンフォーラムでは普及のために継続して各種セミナーを開催しており好評を得ている。

TRON IoT脆弱性センター(TIVAC)

TRON IoT脆弱性センター(TIVAC)は、IoT 業界における脆弱性情報の共有を目的として2019年にトロンフォーラム内に開設された。単に脆弱性情報の共有だけでなく、その理解に必要となる背景知識を取り上げるなど、広く啓蒙活動を行っている。

2023年は、家庭用ルーターの脆弱性に関する注意喚起の状況、IoT用ルーターの初期パスワード設定の問題、米国政府機関による「Security-by-Design and-Default 宣言」などのトピックスを扱ってきた。

リカレント教育

INIAD(東洋大学情報連携学部)が中心となり、今年も社会人へのリカレント教育(リスキリング教育)を積極的に推進している。IoT技術者を育成する「Open IoT教育プログラム」は6年目に入った。2022年からスタートした「Open Smart Cityに向けたDX人材育成プログラム」も2年目に入っており、都市開発、建築に関わる広範な民間企業群の社員を主な対象に、IoTやAIをはじめとしたデジタル分野のリスキリング教育を実施している。

IEEEマイルストーン記念式典

2023年5月に「TRON リアルタイムOSファミリー」が、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers:米国電気電子学会)によりIEEE Milestone の“TRON Real-time Operating System Family, 1984”として認定された。その記念式典として、10月14日に授賞式と記念講演会、除幕式が行われた。会場となったのは、銘板を恒久展示した東京大学本郷キャンパスのダイワユビキタス学術記念館だ。TRONリアルタイムOSの開発を牽引してきた坂村健教授が東京大学在籍中に設計・建築に携わった馴染み深い建物内のホールでの式典となった。長年苦楽を共にした仲間たちの手により、終始和やかで祝福あふれるセレモニーが行われた。

式典にはIEEE東京支部長の相澤清晴氏、東京大学副学長の染谷隆夫氏、IEEE 元会長の福田敏男氏、IEEE Region 10元理事長の西原明法氏、IEEE Japan Council History Committee会長の白川功氏、イーソル株式会社の権藤正樹氏、東京大学大学院情報学環の越塚登教授、そしてトロンフォーラムなどの関係者が出席し、挨拶や祝辞のスピーチが行われた。

IEEE次期会長のトーマス・コフリン氏によるスピーチに続いて、檀上でコフリン氏から坂村教授に銘板が贈呈され、記念撮影が行われた。その後、坂村教授による記念講演会が行われた。式典ののち、一行は会場1階のエントランスホールに移動し、坂村教授とコフリン氏の手により銘板の除幕式を行った。

式典はすべて英語で行われた。本稿では、出席者各位による挨拶メッセージと記念講演会の内容をお届けする。

IEEEマイルストーン認定銘板

大和ハウス工業 スマートロジスティクス オープンデータチャレンジ 表彰式

大和ハウス工業株式会社が主催する「大和ハウス工業 スマートロジスティクス オープンデータチャレンジ」の表彰式が、2023年11月1日に羽田イノベーションシティ内のコングレスクエア羽田で開催された。

本チャレンジでは、ロジスティードの安全運行管理ソリューション「SSCV-Safety」から得られる、トラックの位置情報、トラックドライバーのバイタルデータ、ヒヤリハットに関するデータ・映像などを活用した作品(アプリケーション、ウェブサービスなど)や調査レポート等を募集した。

チャレンジの有効登録者152名から多様なアプリケーションのアイデアが寄せられ、その中から最優秀賞1作品、優秀賞3作品、そして特別賞1作品が選ばれた。

本稿では当日の表彰式の模様と受賞作品をご紹介する。

TIVAC Information:組込み機器のソフトウェアアップデート

組込み機器のソフトウェアアップデートは実施しないに越したことはない。しかし避けられないこともある。その場合、脆弱性による不正なソフトウェアアップデートの問題を避ける必要がある。現場で運用している機器でのテストは行えないという前提で、開発者の手元の機器で、十分なテストが必要とされる。太陽系を飛び出た探査機のソフトウェアアップデート等は特に慎重にならざるを得ず、格段の注意をして行う必要がある。

車のソフトウェア更新に対する規制が法律化されつつある。自動車技術に関しては「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」で定めている世界的な協定の枠組みがあり、日本の国内法律もそれに従って整備されている。これに従って製造された車両は、当該協定を遵守している国々に販売することが可能である。

国土交通省はそこで採択された基準に基づき適宜法令の改正を行っている。たとえばソフトウェアアップデートについては、その改正に至る検討で「4-3.サイバーセキュリティ及びプログラム等改変システムに係る基準(UN-R155 及び UN-R156)」という文書が発表されている。ここに記述されているセキュリティガイドラインの概要は、自動車業界以外でも原理的に適用できる普遍的で合理的なものだ。

自動車産業でサイバーセキュリティ対策に注意が向き、そこで使われる管理システムやツールが広まれば組込みシステムのセキュリティ対策環境は向上するだろう。便利なセキュリティ管理用のツールが広がることで、エンジニアが根本の技術問題に費やせる時間が増えることは望ましい。

ボトムアップに現場の詳細な技術問題も解決しつつ、トップダウンの俯瞰のことも忘れてはいけないのは組込みセキュリティの世界でも重要だ。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

コンピュータの進化は階段状に上がっていくと言われているが、2023年がコンピュータの歴史に残る重要な年と位置づけられるのは間違いないだろう。2023年は生成AIが世界的にも認知されて大きく進歩し、応用が一気に広がりを見せた。生成AIのエンジンを開発する会社は世界的に見ても数が多いわけではないが、すでにOpenAIを筆頭として、週単位で新しい技術や学習データが発表されている。

ChatGPTが発表されたのが2022年11月。GPT-3.5からGPT-4、さらに改良版の「GPT-4 Turbo」と一気に性能が向上し、これからはネット上の膨大な情報量とリアルタイムで同期することも夢ではなくなってきている。大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)のマルチモーダル化により、Text2Everything―言語から文字、音声、画像などのあらゆるメディアへのクリエイティブの実現、つまりは汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)の世界が近づいてきているのだ。

このようなコンピュータ変革の節目のような年に、TRONプロジェクトに関連してIEEEから複数の賞をいただけたというのは感慨深いことだ。今までのリアルタイムシステムはそれぞれが独立して単体で動作するものだったが、これからはネットワーク時代に対応した新しいリアルタイムシステムが求められるだろう。肥大化するコンピュータリソースの課題を打開する解決策の一つとしてIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)があげられる。大容量、低遅延、低消費電力の通信を実現するオールフォトニクスネットワークの技術により、IoTの世界も大きく変わることになる。

地球上のあらゆる知能とあらゆるモノがネットでつながるようなシステムが実現すれば、おそらくさまざまなことに役立てられるだろう。一方、カーボンニュートラルは地球全体で考えなければならない喫緊の課題である。我々のTRON プロジェクトがカーボンニュートラル実現に向けて果たす役割は非常に大きいと考えている。そういう思いから2023 TRON Symposium(TRONSHOW)のテーマは「DX2GX ICTで描く、カーボンニュートラルの未来」―とした。今回のTRONSHOWもリアルとオンラインのハイブリッド開催なので、ぜひ積極的に参加していただいて、この大きなうねりを感じていただければ幸いである。

坂村 健

編集後記

TRONSHOWとあわせて開催されているTRONイネーブルウェアシンポジウム(TEPS)は、コンピュータ技術を使って障碍者を助けることをテーマとして、長年にわたりさまざまな実証や議論を行い、交流の輪を広げてきた。第36回を迎えるシンポジウムでは、「生成AIが切り拓(ひら)く新たな障碍者支援の可能性」と題し、大きな可能性を秘めた生成AIによる障碍者支援に関して議論することになった。

詳細は次号VOL.205で報告するが、AIのマルチモーダル化が進めば、たとえば、今の状況がどうなっているかということをシーンアナリシス(情景解析)から音声に変換することも可能になるなど、あらゆる障碍をお持ちの方の役に立つだろうと考えている。

あるいは、脳性麻痺で身体が思うように動かせなくても、脳に電極を埋め込んでブレインマシーンインターフェース(BMI)で機械を操作したりバーチャルの世界で活動したりできるなど、『攻殻機動隊』のような世界も夢物語ではなくなってきている。

私はできることならまず自分がそういう世界を試してみたいと思うほうなのだが、さすがに私が生きているうちにそういう世界を見ることは難しいかもしれない。しかし、世界が急激に進歩していくなかで、「夢の世界」とか「遠い未来のこと」などといって議論を先延ばしにすることはできなくなってきたように思う。そういう時代に私たちは生きているのだ。

坂村 健

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