TRONWARE Vol.207
ISBN 978-4-89362-384-3
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2024年6月15日発売
特集:INIAD 7周年記念講演「INIADの今とこれから」
開設から7周年を迎えたINIAD(東洋大学情報連携学部)の初代学部長を務めた坂村健教授が、2023年度に東洋大学井上円了賞を受賞した。この受賞を記念し、2024年3月19日に東洋大学赤羽台キャンパス INIADホールにて、受賞セレモニーと記念講演が開催された。
井上円了賞は、東洋大学の創立者である井上円了を記念し、建学の精神を顕彰して、学術研究の振興に寄与することを目的として制定された賞である。専任教職員・卒業生・学生を対象として、学術的・社会的に価値が高いと認められる最近の業績に対し与えられる。1980年から2023年度までに計32名へ授与されており、2023年度は6年ぶりの授与となる。坂村教授の受賞対象業績は、「IEEE Milestoneの認定、およびIEEE Masaru Ibuka Consumer Technology Awardの受賞」である。
坂村教授は、INIAD創設の経緯から、「連携」によって大学のDXを実現するというコンセプトのもと、コロナ禍や生成系AIの進展といった社会の変化にも柔軟に対応して変革を続けてきたINIADの7年間を振り返った。
大学での勉強に意欲的な学生を集めるために入試改革を行い、さらに入学後学力テストとリメディアル教育によって学生の基礎学力を維持し、成績優秀な学生を表彰するなど、大学のクオリティを高めるためにさまざまな創意工夫を行ってきたことを紹介した。
「ビルOS」というプラットフォーム志向に基づいて設計されたIoTキャンパス「INIAD HUB-1」では、最新のIoT環境を使った実習や研究が行われており、産業界にも貢献している。また、2022年11月にOpenAIがChatGPTを一般に公開するといち早く生成系AIの導入を検討して、INIAD AI-MOP(AI Management and Operation Platform)を構築し、学生に生成系AIの積極的な活用を促している。
そうしたINIADの精神の源流は創立者の井上円了の「自分の頭で考える」という哲学に基づくものであることを改めて強調した。さらに、受賞の対象となったTRONプロジェクトの約40年にわたる成果や実績を紹介し、次世代を担う学生や研究者たちの活躍に期待を込めた。
情報処理学会 第86回全国大会 基調講演「対話型AIがもたらすプログラミング教育の未来」
一般社団法人情報処理学会が主催する情報処理学会 第86 回全国大会が2024年3月15日から17日にかけて神奈川大学横浜キャンパスで開催された。坂村教授は3月16日の「生成系AIによる情報教育へのインパクト」セッションに登壇し、基調講演を行った。
坂村教授はLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)を使った生成系AIの得意分野は、あるテーマに対してたたき台になるリストの作成と分類であることを、具体例をあげて解説した。
INIADでは生成系AIを積極的に活用する方針を打ち出しており、INIADが独自に開発したAI-MOPを通して、全学生が生成系AIとそのAPIを使える環境を提供している。すでに3年生のチーム実習や4年生の卒業研究で生成系AIを使った成果が発表されており、講演ではその成果の一部が紹介された。
坂村教授は、AI時代の教育では問題を解く力よりも問題を作る力が重要になるとし、生成系AIの台頭により教育を取り巻く環境がめまぐるしく変遷するなかで、大学の教育もアジャイル的に変えていくべきであり、より高度なプロジェクトマネジメントスキルを持つアーキテクトの育成が求められていると主張した。
TIVAC Information:海外でのサイバーセキュリティ対策法制化
IoT機器のセキュリティ対策に関して、世界各国の政府機関はこれまでベンダーによる実装を期待し、ガイドラインの発表というような緩い規制にとどめてきた。しかしそれに従わないベンダーが問題を起こすことから、罰則を伴う法的な規制を敷くことが主流になりつつある。その内容は最低限のセキュリティ対策を法的に義務づけるというものであり、技術的に高度な内容を求めているわけではない。その法規制の肝は、対策の技術的内容、対策実施の担保、消費者への啓蒙である。
イギリスでは「製品セキュリティおよび電気通信インフラストラクチャー法」(Product Security and Telecommunication Infrastructure Act:略称PSTI)が2022年12月に成立し、2024年4月29日から発効した。この法律は製造者だけでなく、輸入者や販売者も法律に従っていない製品がイギリス国民に販売されないようにする義務を負う。つまり、日本のメーカーがイギリスに輸出する場合にも影響を受けることになる。また、製造者は法律に準拠している旨の説明文書を製品に添付することが求められる。輸入者と販売者はこの文書が添付されていない製品がイギリス内で販売されることを阻止する義務がある。法律の対象となる製品は、インターネット、あるいはネットワークに接続できる機器である。
一方、イギリスがEUから脱退したことで、PSTIとは異なる法律の枠組みがヨーロッパ大陸では展開しつつある。EUでは2019年に通称Cybersecurity Actが施行され、EUCC(セキュリティ機能認証システム)、EN規格、CEマーク、ENISA(ネットワーク・情報セキュリティ機関)といった法律、認証マーク、機関を背景として、Cyber Resilience Act(CRA)という法案を準備している。現在のところ2024年前半に承認され、1年半後の2025年終わりごろから施行される見込みだ。
なお、トロンフォーラム会員向けページでは、EUにあるその他のセキュリティ関連の法案との関連や、アメリカ合衆国、シンガポール、ドイツの先行した試みなどについて、概要を開設している。
From the Project Leader
プロジェクトリーダから
2023年度を締めくくるかのように3 月には大きなイベントが二つあった。
一つは、本号で特集したINIAD(東洋大学情報連携学部)の7周年記念講演である。私は創立7周年を区切りとして、2024年3月をもってINIADの学部長を退任したのだが、東洋大学から私のこれまでの功績に対して井上円了賞を頂いたので、その受賞セレモニーと記念講演を行った。講演では、これから少子高齢化を迎える日本にとって大学――特に私立大学がどうあるべきか、ということについて私の考えをざっくばらんにお話しした。
2024年4月からは東洋大学から完全に離れるわけではなく、引き続きINIAD cHUB(東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)の機構長として、INIADが企業や政府など外部の組織と連携するための活動を続けていく。学部の現場のオペレーションに関しては新しい学部長に任せることにして、私は将来ビジョンの策定や対外的な交渉などにより重点を移していこうと考えている。
もう一つのイベントは情報処理学会の全国大会である。大学教育と生成系AIとの関係について議論するセッションでの基調講演を依頼され、その後のパネル討論にも参加した。日本の大学がこれから生成系AIをどのように使い、またどのように教えていくのかに関して私見を述べさせてもらった。2022年11月にOpenAIがChatGPTを一般に開放して誰もが生成系AIを使えるようになったが、INIADはその動きに迅速に反応し、AI時代の大学のカリキュラムがどうあるべきかという検討を開始した。そして2023年4月からは学生に対してあらゆる局面で生成系AIを使ってよいという方針のもとにシラバスを見直している。そのうえで見えてきた課題や将来の展望について私の考えをお話ししたので、詳しくは本号の採録記事をご覧いただきたい。
2024年はTRONプロジェクト40周年という節目を迎えている。μT-Kernel 3.0を使った組込みプログラミングコンテストなど、12月に向けて40周年記念にふさわしいイベントをいろいろと打ち出していこうと思っているので、引き続きご注目いただければ幸いである。
坂村 健
編集後記
毎年12月に開催しているTRON Symposium―TRONSHOW― だが、2023年をもって東京ミッドタウンでの開催を卒業し、2024年は渋谷パルコDGビルの18階にあるイベントホール「Dragon Gate」で開催することになった。
昨年あるところからの依頼を受けてDragon Gateで講演を行ったのだが、その際にホールの持ち主であるデジタルガレージの林郁社長とお会いする機会があり、「TRONプロジェクトの会議をここで開催しませんか」というご提案を頂いた。そのようなご支援のお申し出はたいへんありがたく、私も「ぜひ使わせてください」ということで、次回より渋谷に会場を移すことになった次第である。
ご存じのように最近の渋谷はドラマチックに変化している。特に、IT関連のスタートアップ企業が集まってきており、Googleなどのシリコンバレー系の企業も六本木から渋谷に拠点を移している。そうした熱気に満ちた渋谷という場所で初めて開催するTRONSHOWは、新しいやり方で盛り上げていきたいと考えているので、ぜひご参加・ご協賛いただければ幸いである。
長年東京ミッドタウンでの開催をサポートしていただいた三井不動産には心から感謝の意を表するとともに、心機一転新天地で開催されるTRONSHOWにもぜひ期待していただきたい。
坂村 健