TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.205

TRONWARE Vol.205

ISBN 978-4-89362-382-9
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2024年2月15日発売


特集:2023 TRON Symposium ─TRONSHOW─

TRONプロジェクトは1984年から40年近く「オープンアーキテクチャ」の哲学に基づき、組込みリアルタイムOSの開発やオープンデータの利活用の推進、オープンIoTを実現するためのオープンAPIの研究など、基礎から応用まで幅広いプロジェクトに取り組んできた。2023年には、プロジェクトリーダーの坂村健がIEEEからIEEE Masaru Ibuka Consumer Technology Awardを受賞し、また、TRONリアルタイム・オペレーティングシステム・ファミリーがIEEEマイルストーンに認定されるという二つの大きな評価を受けるなど、TRONプロジェクト40年の集大成ともいえる1年となった。

新型コロナウイルス感染症の位置づけが5類に移行してから初めての開催となった2023 TRON Symposium―TRONSHOW―。リアルとオンラインのハイブリッド開催が定着してきたが、会場では商談や交流が活発に行われ、コロナ禍以前の賑わいも戻ってきた。

今回のテーマは「DX2GX──ICTで描く、カーボンニュートラルの未来──」。近年、DX(Digital Transformation)に連動する形でGX(Green Transformation)の概念が台頭してきた。IoTの普及に伴い、組込みシステムおよびそれを支えるリアルタイムOSの重要性が増しており、これらのシステムのエネルギー効率も注目されている。TRONプロジェクトでは、現代のネットワーク時代における組込みシステムの進化と、オープンデータ、生成系AIとの連携を探求し続けており、これらの技術がいかにして地球規模の課題、特に気候変動対策に貢献可能であるかについて研究を続けている。

講演・セッションでは、社会のDX/GXを牽引する先駆者たちからさまざまな基盤技術や応用技術が紹介され、さらなる技術革新と未来への展望が語られた。展示会場では、企業、政府、国内外の研究機関による最新の研究成果やソリューションが紹介され、ミニセミナーやデモンストレーションにも多くの人が集まっていた。

基調講演 DX2GX──ICTで描く、カーボンニュートラルの未来──

2022年12月6日(水)10:30~12:00 展示会場シアター
坂村 健:INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長

昨今、DXとGXが世界的にも重要視されるようになってきた。デジタルの技術を使ってイノベーションを起こそうというDXにおいて、重要なのは局所最適ではなく全体最適だ。我が国では気候変動に関して数年前までは他人事だと思っていた人が多かったが、2023年の猛暑で我が国でももはや他人事ではなくなった。GXで大事なこともやはり全体最適で、GXを全体最適でうまく進めるには、一つの会社の中だけではなく、日本だけでもなく、世界全体で歩調を揃えて気候変動に対抗するための活動を起こさないといけない。

キム・スタンリー・ロビンスンが2020年に発表した『未来省』は気候小説(Cli-Fi)というジャンルの代表作である。作品には気候変動問題を最新ICTや協同組合型の社会運営によって解決していく様子が描かれていく。

今後、気候変動だけではなくさまざまな要因によって社会がどんどん変わっていくことが予見されるが、変われる社会を維持するためには情報通信技術を最大限に活用して取り組んでいく必要がある。TRONプロジェクトとしてはAggregate Computingモデルの推進や生成系AIの活用によって、社会全体のDXとGXを目指していく。

特別セッション コンセプトとしてのTRON

2023年12月6日(水)13:00 ~14:30 展示会場シアター
コーディネータ
坂村 健:INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長
登壇者 
石井 裕:MITメディアラボ副所長
暦本 純一:東京大学大学院情報学環教授、株式会社ソニー コンピュータサイエンス研究所副所長・フェロー

TRONは、最初期から「超機能分散システム」(HFDS:Highly Functionally Distributed System)──今でいうIoTが普及した世界を見据え、OSでの多言語対応、コンテクストアウェア(状況認識)、そしてハイパーメディアによる物理世界への接地など、多くの先進的なコンセプトを提唱してきた。これらのコンセプトは、リアルタイムOSカーネルの開発を超えて、BTRON、さらには家具、住宅、ミュージアム、ビル、都市など広範囲な革新的活動を推進してきたといえる。

本セッションでは、世界的に活躍するMITメディアラボ副所長の石井裕氏と、マンマシンインタフェースの研究で知られるソニーコンピュータサイエンス研究所副所長・フェローの暦本純一氏を招き、TRONが提唱したコンセプトの先進性と、これからのコンピュータ技術を展望する鼎談が行われた。

特別セッション IEEEマイルストーン受賞記念の意義

2023年12月6日(水)15:00 ~ 16:30 展示会場シアター
コーディネータ
坂村 健:INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長
登壇者 
長谷 智弘:龍谷大学 名誉教授
受川 裕:日本電気株式会社 執行役 Corporate EVP 兼 クロスインダストリービジネスユニット長
川崎 郁也:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 代表取締役社長
権藤 正樹:イーソル株式会社 専務取締役 CTO 兼 ソフトウェア事業部 事業部長

コンピュータ科学と社会インフラの発展における重要な役割を果たしてきたTRONプロジェクト。本特別セッションでは、TRONプロジェクトの重要な節目として、IEEEマイルストーン受賞を記念して長年TRONプロジェクトに携わってきた方々が集まり、TRONプロジェクトの歴史、その成果、そしてインフラとしてのコンピュータの定義とその役割についても議論が展開された。

最初に、龍谷大学名誉教授の長谷智弘氏によってIEEEの概略が語られた。日本電気株式会社(NEC)の受川裕氏は、2023 TRON SymposiumのテーマでもあるDX×GX気候変動対応への同社の取り組みについて紹介した。続いて登壇したインフィニオン テクノロジーズ ジャパン代表取締役社長の川崎郁也氏は、脱炭素とデジタル化に向けた同社の取り組みについて講演を行った。イーソルの専務取締役CTO兼ソフトウェア事業部長の権藤正樹氏はTRONの提唱した超機能分散システムというコンセプトの普遍性・合理性を説いた。

坂村教授を含めた5人の対談では本シンポジウムのテーマである「DX」と「GX」について、未来志向のビジョンと希望、立ちはだかる課題と問題意識の共有が図られた。

公共交通とデジタル地方創生のためのオープンデータ・プラットフォーム

2023年12月7日(木)15:00 ~ 16:30 展示会場シアター1
コーディネータ 
坂村 健:INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、公共交通オープンデータ協議会(ODPT)会長、デジタル地方創生推進機構(VLED)理事長
登壇者 
伊勢 勝巳:東日本旅客鉄道株式会社 代表取締役副社長
宮坂 学:東京都 副知事
池田 庸:東京都 デジタルサービス局 データ利活用担当部長

公共交通データのオープンな流通のための、データ連携プラットフォームの実現に取り組む、産官学連携の協議会である公共交通オープンデータ協議会(以下、ODPT)。また、一般社団法人デジタル地方創生推進機構(以下、VLED)は、政府、地方公共団体、民間事業者が参画する、地方公共団体におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する組織である。ODPTとVLEDは、オープンデータ推進の観点から、連携しながら活動している。

本セッションでは、ODPTとVLEDの現在の取り組みと、日本の公共交通分野におけるデータ連携の最新動向について紹介。さらに東京都の宮坂学副知事を招いて東京都におけるオープンデータをはじめとしたDXに向けた取り組みを紹介し、これからの日本における、公共交通分野をはじめとしたさまざまな分野でのデータ連携のあり方が闊達に議論された。

生成系AI 時代に向けたINIADの教育

2023年12月7日(木)12:45 ~ 14:15 展示会場シアター2
コーディネータ 
別所 正博:INIAD(東洋大学情報連携学部)教授
登壇者 
矢代 武嗣:INIAD(東洋大学情報連携学部)准教授

INIAD(東洋大学情報連携学部)は、2017年の開設時から、IoT× AI時代に活躍できる人材の育成を目指し、キャンパス全体をAPIで制御可能なスマートビルとして教育に活用するなど、独創的な取り組みを進めてきた。

ChatGPTをはじめとした生成系AI時代の幕開けとともに教育分野が揺れ動く中、INIADは生成系AIを活用した教育システムAI-MOP(AI Management and Operation Platform:AI管理運用プラットフォーム)を独自に開発・導入し、生成系AIを前提としたカリキュラムへの再編を行った。

生成系AIを、答えを求めるためではなく、自分の考えを深め、能力を拡張するツールとして活用することを推奨し、大学の講義内容にも組み込むほか、これらの知見を社会人リカレント教育にも活用している。

本セッションでは、生成系AI時代におけるINIADの教育について、INIADで教鞭をとる二人の指導者が紹介した。矢代武嗣准教授は、AI-MOPが持つ二つの機能「AI Bot」と「AI API」について具体的に説明した。別所正博教授は、INIADの学生がどのように生成系AIを活用しているのか、学生の実習や研究の成果を映像とともに具体的に紹介した。

未来省 GXセッション

2023年12月8日(金)10:30~12:00 展示会場シアター
コーディネータ 
坂村 健:INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長
登壇者 
桑田 薫:東京工業大学 理事・副学長
大沼 利広:グーグル合同会社 Geoパートナーシップ 日本統括

近年、気候変動とその影響に対処し温室効果ガスの排出を削減する一方で、経済成長と産業競争力の向上を目指すGXの概念が台頭してきている。キム・スタンリー・ロビンスンの気候SF『未来省』(The Ministry for the Future)では、気候変動に対抗するには技術イノベーションだけではなく、社会や経済の制度の大きな変革が必要であること、そしてそのために世界全体がDX化しブロックチェーンなどのさまざまな新しい情報技術が活用される未来が描かれている。

一方、IoTの普及に伴い、組込みシステムおよびそれを支えるリアルタイムOSの重要性が増しており、これらのシステムのエネルギー効率も注目されている。

本セッションでは、このような『未来省』の問題提起をもとに、GXに求められる組込みシステムやIoTの進化、そしてDXがGXに果たす役割について議論が交わされた。

TRON-AI-IOWNで未来を語る

2023年12月8日(金)13:30~16:30 展示会場シアター
コーディネータ 
坂村 健:INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長
登壇者 
川添 雄彦:日本電信電話株式会社 代表取締役副社長 副社長執行役員
日髙 浩太:日本電信電話株式会社 人間情報研究所 所長
荒金 陽助:日本電信電話株式会社 研究企画部門 IOWN推進室 室長

気候変動、自然災害など未曾有の危機に対して、革新的なイノベーションが求められる一方で、眼前ではデータ量の爆発的増加に伴う消費電力の急増によりICTは持続可能性の危機に直面している。本セッションでは、IOWN、生成系AI、そしてTRONが持続可能な世界の実現という世界共通の課題に向けてどのような役割を果たすのか、3部構成で議論が進められた。

はじめに、川添雄彦氏から「新たな価値の創造とグローバルサステナブル社会を支えるNTTへ」と題して、エネルギー効率の高い光の技術を軸に持続可能な社会の実現を目指すIOWNの取り組みが紹介された。

続く「LLM+×IOWN~IOWNの進展、NTT版LLMの誕生、そして2つの相互作用~」セッションでは、日髙浩太氏からNTTにおけるAI研究とNTT版LLM「tsuzumi」について、また荒金陽助氏からはIOWNのAll-Photonics Network(APN)や光ディスアグリゲーテッドコンピューティング構想の概要が語られた。

トークセッションでは坂村健教授のコーディネートのもと川添氏、日髙氏、荒金氏が登壇し、IOWNとGXとの関連性を端緒として、IOWNとAI、そしてNTTが模索する未来図について、さまざまな切り口から焦点が当てられた。

TRONイネーブルウェアシンポジウム TEPS 36th
生成AIが切り拓く新たな障碍者支援の可能性

2023年12月2日(土)13:30~16:30 INIADホール(東洋大学 赤羽台キャンパス)
基調講演 
坂村 健:INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長、TRONイネーブルウェア研究会会長
講演 
千葉 慎二:日本マイクロソフト株式会社 技術統括室 エンジニア
松尾 政輝:筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 助教
パネルセッション 
千葉 慎二、松尾 政輝、高村 明良(全国高等学校長協会 入試点訳事業部 理事)、坂村 健(コーディネータ)

2023 TRON Symposiumに先立ち、2023年12月2日に36回目のTRONイネーブルウェアシンポジウム(TEPS36th)がINIADホールの会場とオンラインのハイブリッドで開催された。「生成AIが切り拓く新たな障碍者支援の可能性」をテーマに講演とパネルセッションが行われた。

坂村健教授の基調講演では、生成AIのベースとなる大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)の概要が説明され、生成AIにより障碍者支援のパーソナル化が進めばさまざまな場面できめ細かい支援が可能になると述べた。

日本マイクロソフト株式会社の千葉慎二氏からは同社が推進するさまざまな困難を克服する支援技術とAIの可能性について、筑波技術大学の松尾政輝氏からは生成AIによる視覚障害者支援の現状と今後への期待について、概要と展望が語られた。

パネルセッションには全国高等学校長協会の高村明良氏も加わり、コーディネータの坂村教授の進行で闊達な意見が交わされた。

TIVAC Information:組込み機器のソフトウェアアップデート

IoT機器の脆弱性を突こうとする者は、休日だからといって活動の手を休めることはない。むしろ、週末、年末・年始、クリスマス時期など監視の手が緩む可能性のある時期に侵入を試みる。

そこでセキュリティアラートを出す側の機関もこうした休日期間に影響を受けるのかどうか疑問に思い、米国家安全保安局(Department of Homeland Security)のCISA(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency)が発行するAdvisory とAlert の発行状況を、過去3か月(2023年10月~2023年12月)にわたり調べてみた(図1)。Advisoryは具体的な脆弱性問題の報告と対策の通知であり、Alert はCISA を含めた産業界全体の脆弱性や傾向などを報告するものだ。

クリスマスから新年にかけて発行頻度が減るだろうという予想をしたのだが、そのとおりクリスマスから年末にかけては報告がなかった。グラフの中で突出している週は、Siemens社が自らの製品の脆弱性を広範に調べて報告していた。また三菱電機も2024年1月4日に自らが報告していた。製造会社自らがチェックをして報告しているのはすばらしいことだ。

業界の学習速度は非常に遅く、過去の教訓を学んでいない会社は常に存在している。一方でSiemens 社や三菱電機のように自らの製品の脆弱性を積極的に調べている会社も現れている。今後もユーザは、使っている製品の脆弱性問題と業界全体の脆弱性対応の傾向に注意を払う必要がある。

CISAのAdvisoryとAlertの週間発行数(2023年10月~12月)

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

本号でも大きく取り上げたが、2023年は「IEEE Masaru Ibuka Consumer Technology Award」の受賞とTRON リアルタイムOS ファミリーの「IEEE マイルストーン」認定という、二つの栄誉ある評価をいただくことができた。また、TRONプロジェクトは2024年に40周年を迎えるが、2023 TRON Symposiumはその前夜祭的なイベントとしてたいへん盛り上がった。40年もの間TRONプロジェクトに賛同してくださった関係各所の皆様には、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。

2023 TRON Symposium―TRONSHOW―では「GX(グリーントランスフォーメーション)」をテーマとした。2023年は「地球沸騰化」が流行語になるなど、日本でも異常気象や気候変動に対して真剣に行動を起こすべきだと感じるきっかけになった1年だったのではないだろうか。さらに、2024 年の元旦に発生した能登半島地震は、北陸地方に甚大な被害をもたらした。我が国では気候変動だけではなく、地震や津波のような自然災害も含めて、地球規模で対策を考えていかなくてはならない。そのためにも情報通信技術を十分に活用していくことが重要であるのだが、今回のTRONSHOWではそうした観点からも議論を深めていくことができたと思う。

また、生成系AIもTRONSHOWでの大きな話題の一つであった。情報通信技術の基幹的な部分に関してはIOWNをはじめとして着実に進展しているが、生成系AIの進展のスピードは目覚ましく、いまや世界が生成系AI を中心に大きく動いていることは間違いない事実である。私は常々、DXのためには全体最適に基づいて組織や制度を変革していく必要があると主張してきたが、GXについても同様で、従来のやり方を変えて、地球規模での全体最適を実現することこそ、その本質だと考えている。本号の特集が、現在の地球を見つめ直し、さらに人類が先に進んでいくために何をすべきなのかを考えるきっかけとなれば幸いである。

坂村 健

編集後記

2023年を総括すると、TRONプロジェクトとしてはIEEE から二つの大きな賞をいただくなど、とても良い1年だったのだが、個人的には2度の入院を経験してしまったので、人生はプラスマイナスゼロだと実感している。

実はTRONSHOWの少し前に不注意からぎっくり腰になって動けなくなってしまい、救急車で運ばれる事態になってしまった。少し寒くなってきたところでちょっとくしゃみをしてしまったのが悪かったようだ。幸いにもTRONSHOWには参加することができたが、些細なことをきっかけに関係各所にご迷惑をおかけすることになってしまった。

もう一つは二本の歯を抜くために口腔外科に入院したことだ。担当してくれた先生は腕の良い歯科医師だったので、麻酔医が静脈麻酔をして手術が始まり、目を開けたらもう手術は終わっていたという感じであっという間だっだ。

それにしても、今は病院でもネット環境が整っているので、入院していても病室から会議に参加できてしまうのだ。腰が痛いだけなら寝ていても会議に出られるし、歯の手術で食事はできなくてもしゃべることはできるので、会議には参加できてしまう。昔は入院してしまったら仕事どころではなかっただろうが、それに比べると現代人は休む間もなく働ける時代になってしまった。さすがに「これはくたびれるわ」と実感した次第だ。

坂村 健

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