TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.208

TRONWARE Vol.208

ISBN 978-4-89362-385-0
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2024年8月16日発売


井上円了AIワンダーランド

INIAD cHUB(東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)では、INIAD(情報連携学部)の創立7周年を記念して、2024年5月30日から6月1日の3日間にわたり、赤羽台キャンパス内にて最新の生成AIを活用し、東洋大学創立者・井上円了先生とその哲学を紹介する『井上円了AIワンダーランド』を開催した。

本展示会は、27台のプロジェクターと複数のAIを駆使した五つのコーナーによる多彩な展示を通じて、井上円了先生の思想とAIの可能性を紹介することを目的としている。井上円了先生の哲学とAI技術を組み合わせることで、過去の偉人の思想の枠組みを現代に蘇らせ、来場者が新たな視点で思索を深められる機会を提供する。同時に、AIによる解釈は原典とは異なる可能性があることをふまえ、批判的思考の重要性も示唆している。

井上円了×AI×四聖討論

四聖討論のコーナーでは、釈迦、孔子、ソクラテス、カントの思想をもとにしたAIが、井上円了先生を司会者として来場者から音声で話しかけられたテーマについてパネルディスカッションを行い、井上先生がその考えを総括する。

最先端の生成AIが使われており、最初にモデレーターのAIが井上先生の役になり、討論テーマに合わせて意見の出し方や討論の回し方などを決めると、それにあわせて個々の哲学者をモデルにしたAIがそれぞれの哲学者の役になり、元になった哲学者の考え方になるべく沿った発言を加えていく。音声認識にも発話にも複数のAIを使っており、哲学用語などの難読用語については、別のAIも使って読みを決定している。このように、複数のAIモデルが連携して討論を生成している。また、プロジェクションマッピングで井上先生が喋るときは、リップシンク機能により、喋る言葉に合わせて唇をきめ細かく動かしている。

井上円了×AI×妖怪動画

「妖怪動画」のコーナーでは、井上円了先生の妖怪に関する記述から、生成AIが創り出した幻想的な妖怪の動画を展示する。井上先生が集めた妖怪のいろいろな言い伝えや、絵巻物や彫刻などのさまざまな妖怪コレクションをコンピュータの中に入れて、マルチモーダルで生成AIに映像化させて音楽をつけている。

井上円了先生の妖怪に関するさまざまな記述や資料をもとに、生成AIに「連想の暴走」をさせた結果の、まるで「夢」のような、イメージの連鎖・融合をいくつかの動画として見せている。

哲学堂公園フォト×AIスライドショー

写真家の佐藤倫子氏が撮影した哲学堂公園の美しい写真の数々を、AI演出によるスライドショーにして上映。AIが写真のクラスタリング(分類)を行い、3D空間にマッピングして表示順などを決めています。さらに、AIが生成したキャプションを解説文として添えている。

哲学堂公園×360パノラマ

パノラマ投影コーナーでは、哲学堂公園の360度パノラマ映像を展示。AIを使って撮影画像を修正して映像を作っている。プロジェクターで床と四方に投影しているので、一人ずつ中に入ると、没入感のある映像で哲学堂公園の全景を堪能できる。

井上円了×AIタイムトンネル

AIタイムトンネルのコーナーでは、全面投影通路で井上円了先生の人生を上映する。ミリ波レーダーセンサーにより人が立っている位置を正確に認知し、通路を進んでいくと、観覧者の位置に応じてその時代の出来事や社会状況をAIが自動的に深掘りし、周囲に投影する。 たとえば20歳のところに行くと、井上先生が20歳の頃の活動や、そのことに影響したであろう時代背景に関するコンテンツをAIが探して映像として映し出す。

公共交通オープンデータチャレンジ2024開催

公共交通オープンデータ協議会(ODPT)と国土交通省は、2024年7月16日より「公共交通オープンデータチャレンジ2024 – powered by Project LINKS –」を開催する。

本チャレンジは、国土交通省が進めるオープンイノベーションのプロジェクト「Project LINKS」と連携し、多数の公共交通関連のデータや国土交通省のオープンデータを一般の開発者に公開し、それらを活用したアプリケーションを開発、応募する、賞金総額300万円のアプリケーションコンテストだ。

本チャレンジでは、鉄道、路線バス、コミュニティバス、フェリー、航空・空港関係、シェアサイクルなどから多数の事業者の協力が予定されており、日本の公共交通分野のオープンデータコンテストとしては、過去最大規模となる。公共交通分野の国際的な標準データフォーマットであるGTFS形式のデータから連携機関によるオープンデータまで多数公開される予定だ。

公共交通オープンデータチャレンジ2024開催の狙い

ODPTは、公共交通関連データのオープン化に向けて活動している産官学連携の協議会である。データの提供者となる交通事業者や地方自治体、データの利用者となりうる経路案内サービス事業者、さらに交通システムを支える事業者など、公共交通に関係するさまざまな組織が参画している。さらに総務省、国土交通省、東京都などの行政もオブザーバーとして参画している。

ODPTは2017年より「東京公共交通オープンデータチャレンジ」というアプリケーションコンテストを4回にわたり開催し、東京オリンピック・パラリンピックを控えた「東京」を舞台に、一般の開発者からのアイデアやアプリケーションを募集した。これらを通算すると今回は5回目のコンテストとなる。

今回のチャレンジの最大の特徴は、国土交通省の主導するオープンイノベーションのプロジェクト「Project LINKS」とのタイアップである。Project LINKSは、国土交通省の分野横断的なDX推進プロジェクトであり、これまで十分に活用されてこなかったさまざまな行政情報を、大規模言語モデルなどを用いて「データ」として再構築し、オープンイノベーションにつなげるという取り組みである。公共交通オープンデータチャレンジ2024は、「powered by Project LINKS」の名が示すとおり、この国土交通省のプロジェクトと全面的にタイアップしている。

また、鉄道やバスなどの公共交通の時刻表などに関する情報の国際的な標準フォーマットであるGTFSと、シェアサイクルなどのマイクロモビリティの国際的な標準フォーマットであるGBFSが、特にフィーチャーされている。ODPTはGTFSやGBFSの仕様におけるオープンなプロセスの運営を管理しているる世界的な非営利団体MobilityDataと戦略的パートナーシップに関する覚書(MoU)を締結し、連携した活動を行っている。GTFS・GBFSをフィーチャーする今回のチャレンジにおいても、MobilityDataは特別協力として参画している。

TRONプログラミングコンテスト
μT-Kernel 3.0最新情報とマイコンメーカーによるウェビナー紹介

2024年4月よりTRONプログラミングコンテストの応募が開始された。本コンテストは、マイコンメーカー各社が提供するマイコンボードを使用してμT-Kernel 3.0 の各部門のプログラムを競いあうものである。コンテストに向けて各社より、マイコンとその開発環境についての説明会がトロンフォーラムのウェビナーで開催された。ウェビナーで使用された資料は、トロンフォーラムのウェブサイトから閲覧することができる。

本記事ではコンテストで使用するμT-Kernel 3.0 の最新情報と、各社のウェビナーの内容を紹介している。μT-Kernel 3.0と各社マイコンのソフトウェア開発に役立てていただきたい。

BSP2 バージョン1.00.01対応のマイコンボード

TIVAC Information:KADOKAWAへのランサムウェア攻撃

2024年7月現在、日本のIT業界で大きなニュースになっているのが出版大手KADOKAWA グループへのランサムウェア(身代金要求型ウイルス)攻撃の事件だ。同社の業務が止まり、書店でKADOKAWA の本を注文しても届かないというようなことが起きた。個人情報の漏洩も確認されているなど、大規模な被害の実態が徐々に明らかになり、日本の社会でセキュリティ問題対策の重要性を強く認識させた事件となっている。

KADOKAWAの事件はTIVACで扱う組込みシステムのセキュリティとどういう関係があるだろうか? 組込みコンピュータを使った機器、たとえばIoT機器はランサムウェアと直接の関係があることは少ないかもしれない。しかし、こうした機器はDDoS攻撃(Distributed Denial of Service攻撃:特定のサーバーに大量の情報を送りつけて負荷をかけサービスを停止させる攻撃)の踏み台に使われることがある。

制度を作っても事故、情報漏洩は起きる。それと同じくコンピュータシステムの侵入方法は技術的に次々と進化し、人間の不適切な行為から起きる事件はなくならない。結局、不断の対策の見直しと、その時点での適切な対策の実装ということを繰り返す以外にない。つまりセキュリティ対策の持続的プロセスが重要となる。これは組込みシステムのセキュリティ対策でも変わらない。

技術的な対策として、遠隔からのコード実行を許しプログラムを書き換えることができるような根本的な脆弱性問題を減らすことが重要だ。つい最近にも、リモートから暗号化した通信経路でセキュアにログインするためのプロトコルsshを実装したOpenSSHのサーバーに問題があり、管理者権限でコードを実行されてしまうことがある脆弱性が報告された。

このようなセキュリティ問題を引き起こす原因の一つが、動的なメモリ確保の手法にあることは以前から指摘されている。プログラムの実行中に必要になったらメモリ領域を確保し、不要になったらそれを開放するという方法だ。しかし、こうした手法を使わないと効率良くプログラムができないプログラミング言語(CやC++など)が広く開発で使われているという現実がある。

次回は米国のCISA(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency)が、FBI、オーストラリアのCyberSecurity Centre、そしてカナダのCanadian Centre for Cyber Securityと共同で発表した “Exploring Memory Safety in Critical Open Source Projects”というレポートについて、組込み分野の開発の視点から掘り下げていく。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

7月11日に久しぶりに大阪に出向き、EdgeTech+ WEST 2024で基調講演を行ってきた。ありがたいことに立ち見も含め約400人の方に参加していただき、たいへん盛況であった。TRONプロジェクトでは生成AIを活用したリアルタイムOSのエッジノード開発について研究を進めている。生成AIによるドキュメント作成やプログラミングのサポートおよびメンテナンスなどの可能性について、その一端をお話ししたのだが、こうした動きに注目しているという声を多く頂いた。改めて詳細を本誌で報告したいと思うので、楽しみにお待ちいただきたい。

巻頭では東洋大学赤羽台キャンパスで開催した展示会「井上円了AIワンダーランド」の様子を紹介している。INIADではAIの研究を強化しているが、この展示会では複数のAIを使って、東洋大学創立者の井上円了先生と、釈迦、孔子、ソクラテス、カントといった4人の哲学者の思想を学習させ、それぞれのペルソナ(「役割」や「キャラクター設定」)を与えて討論をさせるという実験を行った。また最近生成AIのマルチモーダル化が話題になっているが、井上円了先生が記述した妖怪に関する資料をもとに映像や音楽をイメージして作るとどうなるのかという実験をいろいろなAIを使って試してみた。今回は3日間の展示会となったが、機会があれば再度公開したいと考えている。

特集は2024年7月からスタートした「公共交通オープンデータチャレンジ2024 – powered by Project LINKS –」だ。本チャレンジは公共交通に関するデータとそれに関連するデータを駆使してどのようなイノベーションが起こせるのかを競うコンテストで、通算すると今回で5回目になる。4回目までは「東京公共交通オープンデータチャレンジ」として、東京オリンピック・パラリンピックの開催を見据えて、主に首都圏の公共交通機関に協力していただき開催していた。その後数年が経過して公共交通に関するオープンデータの考え方は全国に広がり、公共交通オープンデータ協議会(ODPT)が運営する公共交通オープンデータセンターには日本全国の交通事業者や地方自治体からオープンデータが集まるようになった。今回はセンターで公開しているデータをフルで利用することができる。さらに今回、国土交通省が主導するDX推進プロジェクト「Project LINKS」とのタイアップが実現したことにより、国土交通省が公開するProject LINKSやPLATEAU、国土交通データプラットフォーム、歩行空間ネットワークデータなどが網羅的に利用できるようになった。もちろん、過去のチャレンジで連携オープンデータとしていた総務省の政府統計の総合窓口(e-Stat)、気象庁の気象データ高度利用ポータルサイト、警察庁や国土地理院などが公開しているオープンデータ、東京都のオープンデータカタログサイト、一般社団法人デジタル地方創生推進機構(VLED)などが公開しているオープンデータも利用可能だ。詳細は特集記事をご覧いただきたいが、より総合的なチャレンジに発展していることは間違いない。公共交通オープンデータを含めたさまざまなデータを最大限に活用した、地方での課題解決や新しいデータの利活用につながるアプリケーションやサービスが多数応募されることを期待している。

トロンフォーラムでは現在「TRONプログラミングコンテスト」を開催中だ。コンテストに向けてマイコンメーカー各社によるウェビナーを開催しており、毎回多くの開発者にご参加いただいている。今号ではコンテストで使用するμT-Kernel 3.0の最新情報と、各社のウェビナーの内容を紹介している。9月30日の締め切りに向けて、プログラム開発の参考にしていただければと思う。

今号はいろいろな分野の話題が豊富な一冊となった。いよいよ本格的な夏に突入したが、異常気象ともいえる暑さが続いている。ぜひお身体を大切にして、この夏を乗り切っていただければと思う。

坂村 健

編集後記

この編集後記を書いているのは7月中旬だが、日本でも気候変動のダイナミックな影響を感じるようになっている。すでに全国各地で集中豪雨に見舞われたり、雹(ひょう)が降ったりといった自然災害が発生している。今年の夏も異常な暑さが毎日続くと予想されていて、まさに『未来省』の世界が非現実的な話ではなくなっているのは、なんとも言えない気持ちになる。

世界に目を向けると、異常気象だけでなく、国や地域による文化や考え方の違いを実感するような社会的な動きが多く見られる。先日はトランプ前大統領が講演中に銃撃に遭うというショッキングなニュースが飛び込んできた。この先の米国がどういった方向に進んでいくのか注視していく必要があるだろう。一方で、インドでは大富豪の息子が900億円以上をかけて何日間にもわたって結婚式を行っているというニュースも耳にした。以前、私も教え子のインド人の結婚式に参加したことがあるが、たしかにかなり大規模なものだった。いわゆるマハラジャとよばれる大富豪にもなると、親戚や友人、近所の人など、街中の人を招待してもてなすというのだから、盛大な式になるのも頷ける。こういう話を日本ですると、インドの階級制度などを批判する向きもあるが、その国に根差した風習や制度を外圧によって変えることは難しい。やみくもに他国の文化を否定して変えようとするのではなく、世界にはいろいろな考えをもった人たちがいるということを理解して付き合っていくことが、今こそ大事なのではないかと思うのだ。

というのも、東洋大学の創立者である井上円了先生は、世界にはいろいろな考え方があって、それらの考え方を学ばなければ世界と連携していくのは難しいとして、世界のいろいろな考え方を日本に紹介した人なのだ。先日INIADで開催した「井上円了AIワンダーランド」という展示会では、井上先生の哲学とAI技術を組み合わせて、西洋と東洋の哲学者を現代に蘇らせる試みを行った。釈迦、孔子、ソクラテス、カントの思想をもとにしたAIが、井上先生を司会者として来場者から音声で話しかけられたテーマについてパネルディスカッションを行うのだが、どんな質問をしてもそれぞれのペルソナ(キャラクター設定)に沿った回答をするのが興味深かった。たとえば、「赤羽でいちばん美味しいものは何ですか?」と質問すると――もちろん4人の哲学者が赤羽で生活しているわけはないのだが――AIが赤羽の商店街にある飲食店の中からそれらしいお店を選んでおすすめしてくれるのだ。しかも、「…と聞いたが」というような、伝聞調で答えるなど芸が細かい。この展示を楽しむには教養が必要で、実際にソクラテスやカントの哲学を学んだ人であれば「たしかにカントならこう言うだろうな」と感心してくれるが、4人の考えを知らない人はそれほど楽しめなかったかもしれない。

AIにペルソナを与えてその思想を語らせるという実験は、哲学者に限らず会社の創業者にも応用できる。後継者が会社を経営していくうえで「創業者ならどうするだろうか」と考えることは多いだろう。そうした経営のヒントを与える優秀なパートナーとしてのAIの需要があると思うので、こうしたAI活用の研究をもっと進めていきたいと考えている。

坂村 健

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