TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

TRONWARE Vol.188

TRONWARE Vol.188

ISBN 978-4-89362-354-6
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2021年4月15日発売


特集1 INIADレクチャー 建築のニューノーマル

坂村健教授が学部長を務めるINIAD(東洋大学情報連携学部)では、建築家の隈研吾氏(INIAD情報連携学研究科 特別任用教授)と連携して、「建築のニューノーマル」をテーマにオンライン講演会を行った。

本特集では、TRONプロジェクトでオープンAPIによるIoT社会の実現を目指してきた坂村健教授と、建築家として都市と建築の「集中」から「分散」への転換を表現してきた隈氏が、ニューノーマル時代の建築や都市設計のDX(デジタルトランスフォーメーション)について描く将来像を掘り下げている。

坂村教授は、新型コロナウイルスによって私たちの生活は大きく変容し、テレワークやオンライン診療が推進され、脱ハンコなど行政面の改革が一挙に進むなど、日本でもDXを推し進めるきっかけとなったことに触れた。そして、建築設計においても三密回避や非接触を前提としたニューノーマルへの対応が求められ、それらはオフィスや都市のあり方そのものにも大きく影響を及ぼしているとして、TRONプロジェクトやINIADなどが中心となって研究を進めている、住宅やオフィスビルに導入可能なさまざまな環境制御の技術を紹介した。

隈氏は「コロナ後の都市・自然・DX」と題し、建築史における「集中」と「分散」の歴史を振り返り、国内外で設計した自身の建築を取り上げながら、これからの新しい建築デザインの可能性について言及した。そしてコロナ禍をきっかけに、世界の建築や文化もIT技術を駆使することで社会が集中型から分散型へと変わっていく重要な歴史の折り返し地点にあると主張した。

坂村教授と隈氏の対談では、「建築のニューノーマル」をテーマに、集中から分散、建築とコンピュータの境界などの観点から、ポストコロナ時代の建築や都市の将来像を語り合った。

特集2 オープンデータシンポジウム2020 オープンデータ伝道師大集合

一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構(VLED)と総務省が主催する「オープンデータシンポジウム2020」が、2020年12月16日にオンラインで開催された。オープンデータ伝道師が大集合し、新型コロナ対策、スマートシティ/スーパーシティ、これからのデータ活用などについて闊達な議論が繰り広げられた。

開会挨拶および基調講演に登壇した坂村健VLED理事長は「ニューノーマルとオープンデータ」というテーマで、オープンデータを活用した新型コロナウイルス感染症サイトや、2020 TRON Symposiumでコロナ対策として実施した非接触や三密回避のためのさまざまな取り組みを紹介。さらに公共交通オープンデータセンターの最新の活動などを報告し、さらなるオープンデータの活用を呼びかけた。

ソードの組込みソリューション

株式会社ソードは、東芝製マイコンを搭載した組込み製品の開発支援サービスを提供するなど、組込み製品開発やソリューションに豊富な実績を持っている。

2020 TRON Symposiumの東芝デバイスソリューション株式会社ブースでは「組込みマイコンボード 開発支援サービス」の展示を行っていたが、このたび、トロンフォーラムのA会員となり、IoT-Engineなどを活用して高効率モーター制御を実現するオープンAPIプラットフォームの開発にも取り組むことになった。誌面では、これまでの組込み関連事業のさまざまな実績から今後の展望まで、幅広く紹介している。

準天頂衛星「みちびき」の 利活用を支える高精度測位システム

トロンフォーラムの準天頂衛星WGでは、一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構(Japan Space Systems:JSS、旧 一般財団法人衛星測位利用推進センター:SPAC)と協業して、準天頂衛星「みちびき」をはじめとしたTRON系OS 上で動作するGNSS(Global Navigation Satellite System:全地球測位衛星システム)用ミドルウェアに関する研究活動を実施している。

誌面では、GNSS市場において高度な技術力を提供しているマゼランシステムズジャパン株式会社が、衛星受信モジュールの現状を解説し今後を展望している。なお、同社の販売代理店の一つにトロンフォーラム会員の明光電子株式会社がある。

高度なGNSS技術によりさまざまな賞を受賞

TIVAC Information:SolarWinds侵入事件

トロンフォーラムは、組込みの脆弱性に関して啓蒙するために「TRON IoT脆弱性センター(TIVAC)」を開設している。米国の国防総省や国土安全保障省などから発信される脆弱性に関するさまざまな情報を、トロンフォーラム会員向けに紹介している。また、TRONに限らず組込みシステム全般に対する危険を広く周知するために、トロンフォーラムのウェブサイトやTRONWAREの「TIVAC Information」のコーナーでも概要を紹介している。

今回は組込みシステム特有の問題ではないが、昨年暮れから北米を中心に大問題になっているSolarWinds社のサーバーを通じた侵入について取り上げている。

ネットワークモニターツールを販売しているSolarWinds社のソフトウェアを自動更新するサーバーに侵入され、そこからダウンロードするソフトウェア(SolarWinds Orion Platform)にバックドアが仕掛けられてしまい、ダウンロードしたSolarWinds社の顧客がバックドアを通じて侵入などの対象になった。顧客にはアメリカ政府機関が多数あり、Fortune 500企業も含めて、昨年3月から9か月間もバックドアの入ったファイルがダウンロードされており、18,000にのぼる顧客のネットワークとそれにつながるコンピュータが影響を受けたとされる。

誌面では本事件が発生した背景や対策についても簡単に触れているが、より詳しい解説記事はトロンフォーラム会員向けのTIVACニュースレターをご覧いただきたい。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

私が2016年度で東京大学を定年退官して、2017年4月に赤羽台にINIAD(東洋大学 情報連携学部)を創設したことは、本誌の読者であればご存じの方も多いかと思うが、このたび2021年3月に第1期生の卒業を迎えることになった。やっと卒業生を出すことができ感無量である。

また2021年度に赤羽台キャンパスのINIADの隣に新たな校舎が竣工し、ライフデザイン学部などが移転してくることになった。私は今回の新校舎の建築には一切関わっていないのだが、隈研吾氏が建築設計を担当した。そうした経緯もあり、INIADは2月24日から全3回で「建築のニューノーマル」と題して、コロナ後の建築について、隈氏と連携したオンライン講演会を配信した。

「ニューノーマル」という言葉は、コロナ後の新しい正常状態──新常態という意味ですっかり定着したが、最近できた言葉ではなくて、2007年の世界金融危機の後の状況を示す言葉として使われてきた。現実問題として、コロナがあらゆるものに影響を与えるのだとすれば、建築も例外ではない。むしろ人が集まることのリスクが明らかになったという意味では、建築は大きく影響をうける可能性が高い分野の一つだ。そこで今回、隈氏には彼の建築論をベースにした講演を行ってもらい、私は特にコロナが建築に与えた影響をまとめた話をした。さらに隈氏との対談でこれからの建築について語り合った。特集1として講演と対談の抄録を掲載したのでご覧いただきたい。

最近はシンポジウムもほとんどがオンライン配信となり、対面で行うことは少なくなった。私が理事長を務めるVLED(一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構)が主催した「オープンデータシンポジウム2020」もオンライン開催であった。基調講演の様子を特集2に採録したが、コロナ禍のようなときこそオープンデータを積極的に利用すれば、密を避けるためにさまざまな手段をとれるのではないかという話をした。

その基調講演でも簡単に触れているが、INIADとYRPユビキタス・ネットワーキング研究所では、COCOA(新型コロナウイルス接触確認アプリ)がインストールされているスマートフォンから発信されるBLE(Bluetooth Low Energy)のアドバタイズ信号の検出数から、周辺の混雑状況を観測するシステムを開発している。COCOAの発信する信号は、もちろん個人情報とは結びついていない。COCOAアプリ自体は不具合が見つかるなど残念な状況であるが、正しく動作していればなかなか良いシステムだ。経団連などが推奨していることもあり、大企業に勤めている人たちは積極的にインストールしているようだ。執筆時点のダウンロード数は約2,600万件ということで、サンプルとしても十分に活用できる水準にある。ここ数か月でさまざまな検証を行ったことにより、かなり精度も高まってきた。この混雑計測データを利用したいという企業や団体も増えているので、興味がある方はぜひ、YRP ユビキタス・ネットワーキング研究所にお問い合わせいただきたい。

2021年1月には「持続可能な人流の疎密等のデータ活用協議会」が設立され、こうした混雑計測データを普及させるための活動も始まった。「NO!三密プロジェクト」と称してウェブサイト(https://www.no-sanmitsu.org/)上で首都圏のさまざまな地点の混雑情報を公開しているので、混雑回避の参考にしていただければ幸いである。

坂村 健

編集後記特別編

ハンコを残すために

2019年の末に新聞のコラムで、当時開発されニュースになった「自動ハンコ押しロボット」を取り上げ、こういう弥縫策に頼るのは、DXが切に求められている日本の課題に対し後ろ向きの「自動化」だと書いた。

ハンコが日本の事務処理デジタル化の大きな障害であるということは以前から言われていた。さらに3Dプリンタが気軽に使える時代になって、ハンコにはほとんど実質的な保証能力もなくなった。しかし、2019年末の時点ではハンコ見直しには長い時間がかかると思っていたのも確かだ。それが2020年になりコロナ禍で一気に風向きが変わった。今やハンコの廃止は政府でも一気に既定路線になったし、コロナ禍が大義名分となれば、業界としても反対はしにくい。

とはいえ実際こうなると、ハンコ廃止を長年言ってきた立場で言うのも何だが、事務処理効率化という観点から離れて、世界でも珍しいハンコ文化には残ってほしいという気持ちもある。

もちろん、自動車が生まれて人力車が廃れるような技術による大きな時代の変化は止めようがないものだ。自動車の登場によって、関連する産業の裾野を含め多くの人が転職を余儀なくされた。しかし、そのような大きな流れと違い、今回のハンコ廃止は、政府の決定で急激かつ特定の業界をピンポイントで襲う変化となる。何らかの配慮があってもいいのではないだろうか。

そこで提案だが、一部の行政手続きのみ紙書類でハンコを必要として残しておけないだろうか。具体的には婚姻届と離婚届だ。

特に「結婚のためのハンコ」ともなれば「プロポーズにはハンコを用意」とか「クリスタルの職人技ブライダル用ハンコ」など、新しい高額商品分野が生まれるかもしれない。チョコレート業界の仕掛けでバレンタインデーが成功したように、実用にない付加価値がビジネスになるのが文化だ。

認印の市場がなくなったとしても、それなりのビジネス規模は維持できるのではないだろうか。

電子行政で世界をリードしているエストニアでは、役所の窓口に行かずに大抵のことができる。しかし、実はすべての手続きがオンライン化されたわけではない。結婚・離婚・不動産売買は紙書類と窓口での手続きが必要。その理由は、こういった人生の大きな転機となる手続きが「ワンタッチ」だと、「勢い」でやって後悔する人が出る──それを防止するための配慮だという。

上側を示す突起やくぼみがハンコの側面にあれば、押すときに印面の確認の必要がなく便利だ。しかし多くのハンコ──特に実印では意図的に上が分かりにくくなっている。これは、押印のタイミングで印面を見て意思を再度自覚させるためだという。

それと同じで「ハンコ不要」の便利さは時として不幸をまねく──だから、あえて不便な方がいいという分野はあってもいいのではないだろうか。

編集後記

コロナ禍で世の中が大変な状況であるが、3月初めに左耳の三半規管に細菌が入ったことにより平衡感覚を失い、強烈なめまいを起こして歩けなくなってしまった。救急車で病院まで運んでもらったのだが、病院に到着してもすぐに治療とはいかず、まずはコロナに感染していないかを検査するところから始まるので、なかなか大変であった。

幸い検査は陰性だったのだが、抗生物質の点滴投与ということで入院となった。おかげさまで診断時に言われたとおりの一週間ほどで無事退院することができた。完治すれば心配のない病気らしく、まだ少しふらつくこともあるがこうして原稿も書けるし、もとのように生活できるようになってきた。

最近は病院でも医療事故を防止するためにDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んできているようだ。入院するとすぐに手首に本人認証のバーコードタグをつけられ、投薬している薬が合っているかどうか端末を使ってクラウドベースでチェックするようなシステムも導入されていた。

しかし、個々の病院内部での単独のDX化にはいくら頑張っても限界がある。病院間での電子カルテのやり取りは長く課題になっていて、国全体としてトータルで考えるべきオープンなシステム構築が望まれているものの、いまだに解決できていない。ずっとその病院にいられる場合はよいが、たとえばほかの病院に転院する場合の情報連携をどうするのか。入院中もそのようなことを改めて考えさせられた。

坂村 健

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