TRONWARE|Personal Media Corporation

TRON & オープン技術情報マガジン

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TRONWARE Vol.221

TRONWARE Vol.221

ISBN 978-4-89362-398-0
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2026年10月15日発売


特集1:人とAIの共創で変わる組織運営のあり方

AIで変わる企業経営の前提

生成AIの登場は、企業経営の前提を根底から変えつつある。本特集では「AIの時代に、人と組織は何を担うのか」をテーマに、AI時代の組織運営の要諦を説く。

2026年6月、米商務省の輸出管理指令により、最先端AIの外国籍者への提供が18日間にわたり停止された。もはやAI基盤の覇権は、テクノロジー分野ではなく国際政治の場で争われている。特定のAIに依存せず、クローズド、オープンウェイト、国産の各モデルを組み合わせる「AIポートフォリオ」を地政学的ヘッジとして捉えることが求められている。

また、日本が強みを持つ「環境のロボット化」としてのフィジカルAIにも勝機がある。AIは計画から実行までこなす「働き手」へと進化したが、「こうしたい」という欲求だけは持たない。だからこそ人間には、問いを立て、判断し、最終責任を負う役割が残る。ただしAIを使いこなす認知的負荷は大きく、若手の下積みの機会も失われつつあるため、人材育成や採用のあり方も見直しを迫られている。AI導入は、ITの皮をかぶった人事・組織案件なのだ。人を管理する組織から、人とAIの共創を設計する組織へ――AI時代を生き残るために、組織・システムのあり方を再定義する必要に迫られている。

特集2:AI時代のリアルタイムOS

AI開発時代のリアルタイムOS μT-Kernel 3.0

AIを活用したソフトウェア開発は、組込みの世界にも広がりつつある。本稿では、IEEE国際標準準拠のリアルタイムOS μT-Kernel 3.0がAI開発時代にどう進化していくのかを紹介する。

ある若手開発者に、マルチコアマイコン上でμT-Kernel 3.0を動かし、PCのブラウザからロボットアームを操作するデモシステムを、AIを自由に使って開発してもらった。すると、1か月以上と見積もられた作業が実働わずか9日で完成した。一方、生成されたコードにはグローバル変数の多用などの基本的なミスも目立ち、AIに適切な指示を与えることの重要性も浮き彫りになった。

学習データの乏しさから、組込み開発は情報系のソフトウェア開発に後れを取っている。この状況を変えるため、TRONプロジェクトはナレッジベースを用いたRAGによる開発支援から、エージェントとSkillsを軸とした取り組みへと歩みを進め、2026年度にはトロンフォーラムにAI活用WGを発足させた。μT-Kernel 3.0自体も、CLIを好むAIと相性の良いVSCodeベースの開発環境への対応を進めている。

さらに、Linux上でのシミュレーション実行と仮想デバイスドライバによるハードウェアレスの開発環境整備にも取り組んでいる。AIによるテストカバレッジの向上やOS移植の自動化も視野に入れており、成果は12月の2026 TRON Symposium -TRONSHOW- で発表される予定だ。

シリコンの舞台裏(Behind the Silicon)

Wi-FiとBluetoothを1チップに収めたEspressif社のRISC-V搭載SoC「ESP32-C3」「ESP32-C6」に、μT-Kernel 3.0を移植する――。AI支援によるRTOS移植の実践から得た教訓を、シンガポール工科大学のムハメド・ファウジ・ビン・アッバス氏が綴った。

要点は、OSがチップ全体を掌握する一般的な移植手法をとらず、ベンダーの開発フレームワーク「ESP-IDF」と共存させた点にある。起動処理や割り込みの入口・復帰、無線機能はESP-IDFに任せ、μT-Kernelはタスクスケジューリングを担う。両者の接点は、割り込み終端とFreeRTOS互換層という二つの狭いインタフェースに絞り込んだ。約100のシンボルに及ぶ互換層によって、ソースが非公開の無線バイナリもそのまま動かしている。実機では、コンテキストフレームの20バイトのずれや、キャッシュ無効時にも動き続けるべきコードの配置など、境界で守るべき「不変条件」が次々と明らかになった。μT-Kernelの処理の速さが、無線バイナリに潜むタイミング依存を露呈させる場面もあった。

開発ではClaude CodeとCodexを活用し、仮説の生成や互換層の下書きを大幅に効率化した。ただし、AIの出力はあくまで仮説として扱い、採否はすべてソースコード、逆アセンブル、実機での検証に基づいて判断している。

AI時代の教育パラダイムシフト

一般社団法人CIEC(コンピュータ利用教育学会)と全国大学生活協同組合連合会が主催する2026PCカンファレンスが2026年8月17日から19日の3日間にかけて東洋大学赤羽台キャンパスで開催された。8月17日の基調講演には坂村健INIAD cHUB機構長が登壇し、「AI時代の教育パラダイムシフト」と題して驚異的な進化を遂げる生成AIの現在地を俯瞰するとともに、INIADにおける教育現場での実践例を紹介した。

今の中高生の生成AI利用率はすでに8割を超えている。にもかかわらず、多くの教育現場はAI利用を一律に禁止し、様子見を続けている。これは教育側の怠慢であり、格差の容認にほかならない。素のチャットAIで答えを写せば本番の成績は下がるが、教師が設計したAIチューターなら学習時間は半分で効果は約2倍になる。分かれ目は禁止か放任かではなく、「設計」なのだ。AIには「こうしたい」という欲求がない。だからこそ人間には、問いを立て、判断し、結果の責任を負う「AIの良き上司」としての役割が求められる。その土台となるのが、言葉の力と、そつなくまんべんなく身につけた教養ではなく狭く深く掘った尖った教養である。つまりは、「丸になるな、星になれ」ということだ。

INIADでは「まずAIに聞け」を指導の基本とし、最新の有料モデルを全学生に提供して、AIと推敲を重ねる姿勢を教えている。AIによる変化は過去のどの産業革命よりも速い一方、日本の学習指導要領は一巡におよそ10年を要する。教育のAIX(AI Transformation)は待ったなしであり、それは大人の責任なのである。

BTRON Club活動紹介~技術と親睦、両輪の30年~

「BTRON Club」(ビートロン クラブ)は、パーソナルコンピュータ用のOS(オペレーティングシステム:基本ソフト)であるBTRON仕様OSのユーザが中心となり、BTRON活用事例の情報交換や役立つフリーソフトやデータづくりをするための組織である。

BTRON Clubは坂村健TRONプロジェクトリーダーを会長、パーソナルメディア株式会社を事務局として設立され、1994年8月に初の例会が行われた。会員はTRONプロジェクトで仕様を策定したパソコン用OS「BTRON」の熱心なユーザで構成されている。初回の例会から30年以上経った現在もオンラインまたは対面で定期的に例会が開催されており、2026年9月時点で通算140回を数える。

本誌VOL.200でも紹介したとおり、例会では坂村健会長による講演や会員による発表が行われている。また、年に一度は例会のあとに懇親会も開催しており、技術と親睦の両方を楽しめる息の長いサークル的な集まりとなっている。本稿では、この2年ほどの例会の様子から、その魅力を紹介する。

TIVAC Information:AIが変えるセキュリティの「時間」

サイバーセキュリティは、脆弱性の発見から悪用までの「時間差」に支えられてきた。協調的な脆弱性開示の慣行のもと、ベンダーはその猶予を使ってパッチを作り、管理者は検証を経て適用してきた。

しかしAIが、この均衡を崩しつつある。2026年4月に始まったAnthropic社のProject Glasswingでは、AIが大量の脆弱性を発見し、人間による確認・修正の速度のほうが制約になったと報告された。同年7月には、OpenAI社の評価中のAIエージェントが隔離環境を抜け出し、Hugging Faceにまで侵入する事件が起きた。

攻撃側の時間が機械の速度へと縮む一方、防御側では商用AIのガードレールが事後解析を阻むという新たな制約も生じた。この非対称性が特に深刻なのが組込みシステムである。製品寿命が10年、20年に及ぶうえ、工場や社会インフラの機器はすぐに停止してパッチを当てることもできないからだ。求められるのは、「出荷時に安全ならよい」という発想からの転換である。未知の脆弱性が将来必ず見つかることを前提に、更新・監視・隔離・復旧のできるシステムを作らなければならない。AIが攻撃の探索・判断・試行を担う時代に、セキュリティの出発点をどう変えるべきかが課題になる。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

ありがたいことに、私の主張や研究、そしてTRONプロジェクトに関心を持ってくださる方は、日本国内だけでなく世界中にいらっしゃる。そうした方々のところへ機が熟せば足を運んでお話しするということを、何十年にもわたって続けてきた。

2026年は、すでに名古屋に2 回足を運んでいる。1か月のうちに同じ土地を二度訪れるということはあまりないのだが、名古屋にTRONをお使いいただいている製造業の方々が多いことも一因かもしれない。組込みシステムを利用されている製造業が集積していることが、その背景にあるのだろう。

最近私が主張しているのは、AI全般が私たち人間社会に与える影響の大きさについてである。あらゆる事例を挙げて各所でお話ししているが、なかでも企業経営や大学教育をはじめとする教育全般が、今後大きく変わっていくだろうという点を強調している。そこで今号の特集では、経営と教育に対するパラダイムシフト――組織そのものが変わり、教育のあり方が変わっていくという、最近特に各所でお話ししている典型的な二つの軸を取り上げることにした。

もう一つ、TRONプロジェクトは言うまでもなく、そのルーツは組込みコンピュータ、すなわちリアルタイムOSを中心とする組込みシステムの研究にある。近年のAIの進展と組み合わせると、これは今話題になっている「フィジカルAI」と非常に強い関係がある。そうした意味で、これまでのように自己完結型のリアルタイムOSそのものを緩やかに改良していくという段階から一歩進むとともに、フィジカルAI の広がりがTRONプロジェクトの組込みシステムのあり方そのものにも大きな影響を与えている。具体的には、AIを活用した開発効率の向上、フィジカルAIのシステムにおけるエッジノードOSの位置づけ、そしてエッジノードと頭脳に相当する部分をつなぐインフラの整備――こうした課題に、ここ1~ 2年、力を入れて取り組んできた。

そして今回、こうした私たちの考え方に合致する記事をご寄稿いただいた。それがシンガポール工科大学のムハメド・ファウジ・ビン・アッバス先生による「シリコンの舞台裏(Behind the Silicon)」である。AIを支援ツールとして活用し、μT-Kernelを、Espressif社が開発・販売しているマイクロコンピュータESP32-C3およびESP32-C6に移植したという内容である。このCPU はRISC-V 命令セットアーキテクチャを採用しているが、単に移植するだけでなく、このマイクロプロセッサが備える重要な機能――IoT Development Frameworkの実用的な機能――をうまく活用し、このチップの上でμT-Kernelといかに共生させるかという思想のもとに移植を行っている。もともとマイコンが持っているさまざまな機能の上に、μT-Kernelを強制的に載せてしまうというやり方ではなく、すでに存在する無線周りなどSoCハードウェアと密着した機能をどうやってうまく連携させて使うのかということに重点を置いた移植である。興味深く参考になる点の多い記事である。ぜひ目を通していただきたい。

このようにTRONは、日本だけでなく、特にアジア地域の非常に多くの場所で使われている。また過去のTRONプログラミングコンテストにも、アジアの若い方々が数多く参画してくださっており、こうしたことからも広く使われている定着したOSになっていると実感している。今後本誌でも、そうした方々からの寄稿を増やしていきたいと考えている。

坂村 健

編集後記

やっと、というべきか、9月11日に以前から執筆していた『AIとは何か――言語からフィジカルへ、人間と〈逆〉進化する知能』というAIに関する書籍を、KADOKAWAから無事出版することができた。現在は誰でも簡単に手に入れられるようになっている。

この本は実は、本誌でこれまで紹介してきた私の講演やさまざまな著述の集大成のようなものである。一読して「TRONWAREと同じようなことが書いてあるじゃないか」と思われるのは当然で、本書はそもそも私が日頃話したり書いたりしていることを、現時点でまとめたものだからだ。あちこちで行った講演の内容などを、体系立てて通して読みたいという方には、この一冊をお薦めしたい。

私が最近AIについて語ってきたことをほぼすべて収めているので、とにかくトピックが多い。基本的なAIの進化や歴史、原理はもちろんのこと、それが社会にどう影響していくのかという点や、今、全世界で起きているすさまじいスピードと資金投入を伴う競争の背景を地政学的な観点から解説するなどした結果、500ページを超える大著となってしまった。

電子書籍で読んでいただければ、わからないことをすぐAIに尋ねて調べたりもできるので、それはそれでよいと思う。ただ私たちが今、本格的なAI社会に入る以前に、完全なデジタル社会へも移行しきらない非常に混沌とした過渡期にあることを考えると、やはり紙の本もなくてはならないと思っている。紙書籍版は500ページ超のかなり手応えのある、ずしりとくる一冊である。いささか読むのに骨が折れる分厚い本ではあるが、よろしければ、ぜひ紙の本も手に取ってお読みいただきたい。

坂村 健

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