TRONWARE Vol.214
ISBN 978-4-89362-391-1
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2025年8月16日発売
特集:2030年の住まいを創る─Open Smart URが実装する未来住宅とまちづくり
Open Smart URは、INIAD cHUB(東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)と独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)との共同研究プロジェクトである。2030年をターゲットとした少し先の未来の住まい方をテーマに、HaaS(Housing as a Service)というコンセプトを軸にして、AIやIoTを駆使して人々が快適に過ごせる住環境やまちづくりを目指し、2019年より活動を続けている。Open Smart UR研究会は、坂村健INIAD cHUB機構長を代表とし、住宅設備機器、建築、エネルギー、通信、IT、交通事業者、保険など各業界の68社/団体により構成されている。
TRONプロジェクトでは、下端のエッジノードのベースとなる組込みリアルタイムOSと、上端のIoTプラットフォームに関連するアプリケーション群の研究開発を重視してきた。下のレベルでは多くの産業機器のコントロールにTRONが使われている。また上のレベルではスマートハウスやスマートビルのコントロールという応用側の開発になる。
INIAD cHUBは、HaaSの実現のために「Open Smart Housingプラットフォーム」を構築した。これは「ビルOS」や「ハウジングOS」とも言い、大きく「IoT機器連携」「認証基盤」「実サービス連携」の機能がある。「どのように多種多様な機器を相互接続するのか」「どのように情報を連携させるのか」といったことに重点を置いて研究している。
Open Smart UR研究会は、2022年10月にヌーヴェル赤羽台団地の脇の板状住宅の建物の中に4戸の「生活モニタリング住戸」を完成させ、2023年度から実際に人が住んでデータを取得する実証実験を始めている。2024年度は季節ごとに2回、年間8回の生活モニタリングを通じてデータを収集し、データ活用のあり方を検討した。また、デジタルサイネージによる地域住民に向けた情報発信のDX化や、IoT設備の相互接続のためのアーキテクチャの構築についても実験を行った。2025年度はこれらの取り組みをさらに進展させていく。
INIAD cHUBとNTTは共同で、オールフォトニクス(光)ネットワークの次世代コミュニケーション基盤であるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を住宅に応用するための研究を開始した。IOWNは2030年の商用利用を目指しており、超高速・大容量で超低遅延、低消費電力という特徴を活かして未来の住宅にも普及していくと考えられる。IOWNをどのように未来住宅に応用していくのか、引き続き注目していただきたい。
μT-Kernel 3.0 BSP2のサンプルプログラムを活用しよう
μT-Kernel 3.0は世界標準のIEEE 2050-2018に準拠した、TRONプロジェクトが開発したリアルタイムOSである。組込みシステムの開発現場では、センサー制御から産業機器、IoTデバイスまで幅広い用途に採用されている。
μT-Kernel 3.0 BSP2(Board Support Package バージョン2)は、市販のマイコンボード上でμT-Kernel 3.0を手軽に動作させるためのソフトウェアパッケージだ。ボード固有の初期化処理やデバイスドライバをあらかじめ実装しており、マイコンメーカーが提供する開発環境上ですぐにアプリケーション開発に着手できるようになっている。
現在、トロンフォーラムの主催で開催されている「TRONプログラミングコンテスト2025」でもμT-Kernel 3.0 BSP2がソフトウェアプラットフォームとして使用されており、参加者はこのμT-Kernel 3.0 BSP2を活用して開発に取り組むことができる。
トロンフォーラムでは、μT-Kernel 3.0 BSP2のソフトウェア開発を支援する各種のサンプルプログラムをGitHubから公開している。本記事ではこれらのサンプルプログラムとして、各種開発環境に対応した開発プロジェクト(IDE_Projects)、μT-Kernel 3.0 BSP2 スタートガイド(Start_Guide)、デバイス制御のサンプルプログラム(Device_Samples)、各種サンプルプログラムのプロジェクト(Examples)を紹介する。
- μT-Kernel 3.0 BSP2
https://github.com/tron-forum/mtk3_bsp2 - μT-Kernel 3.0 BSP2 Samples
https://github.com/tron-forum/mtk3bsp2_samples - TRONプログラミングコンテスト2025
https://www.tron.org/ja/programming_contest-2025/
【速報】開催決定! 2025 TRON Symposium -TRONSHOW-「TRON×AI 2」
TRONプロジェクトの1年間の総決算となるTRON Symposium -TRONSHOW-。2025年は12月10日(水)~12日(金)の3日間にかけて、前回に続き渋谷パルコDGビル 18F カンファレンスホール「Dragon Gate」で開催することが決定した。
TRONプロジェクトは1984年に発足し、本年で42年目を迎えた。プロジェクト開始当初、リアルタイム性が求められる組込み機器(いわゆるエッジノード)の開発を起点とし、その後、多数のエッジノードを相互接続する研究を進めるなかで、IoTプラットフォームとしての発展を遂げてきた。さらに、クラウドとの連携によりエッジから収集されるビッグデータを解析し、的確な制御を実現することで、多様な応用を可能にしている。こうした取り組みを通じて、TRONプロジェクトは世界中の課題解決に貢献する活動を続けている。
2025年のテーマは「TRON×AI 2」。前回に引き続き、急速に進化を遂げているAI技術とTRONとの連携がIoT、エッジコンピューティング、DXといった領域にもたらすイノベーションを多角的に探る。具体的には、生成AIを活用した組込みシステム開発環境への応用研究、ビルOSやハウジングOSのAPI標準化とAIの連携、さらには教育DXにおけるAI活用事例など、TRON関連分野における多様なAIとの連携パターンを紹介する。
どの事業領域においてもAIの活用が不可欠となるなか、スタートアップの集積地である渋谷の地で、多くのヒントや実践的な知見を得られる絶好の機会となるのは間違いないだろう。
- 2025 TRON Symposium -TRONSHOW-
https://www.tronshow.org/
公共交通オープンデータチャレンジ2025 -powered by Project LINKS-
公共交通オープンデータから始まるイノベーションを
“交通空白”解消へ――アイデアと技術のチカラ
公共交通オープンデータ協議会(ODPT、会長:坂村健・東京大学名誉教授)と国土交通省は、2025年7月1日より「公共交通オープンデータチャレンジ2025 -powered by Project LINKS-」を開催する。多数の公共交通関連のデータや国土交通省のオープンデータを一般の開発者に公開し、それらを活用したアプリケーションを開発、応募する、賞金総額300万円のアプリケーションコンテストだ。
今回は、国土交通省の地域交通DX推進プロジェクト「COMmmmONS」(コモンズ)とも連携し、デマンド交通などのデータの公開にも取り組むほか、バリアフリー関係のデータの充実も図る。鉄道、バス、航空、フェリー、シェアサイクルなど、450を超える交通事業者や団体がデータ提供に協力するほか、オープンデータ・パートナーが提供する各種オープンデータの活用も推奨されている。
データを活用した新サービスの創出、「交通空白」解消やオーバーツーリズム対策などの社会課題の解決、そして地域交通DXの実現――世界中の開発者の皆様からの、熱いチャレンジを歓迎している。
- 公共交通オープンデータチャレンジ2025 -powered by Project LINKS-
https://challenge2025.odpt.org/
TIVAC Information:JC-STAR
2025年3月25日、経済産業省はJC-STARというIoT製品に対するセキュリティラベリング制度の運用を開始した。このラベリングの目的は、個々の製品が国際的な基準にもとづくセキュリティ機能を満たしていることを示すラベルを制度化して、それを製品に付与することで、製品のセキュリティ機能の水準を一目で把握できるようにすることだ。
JC-STARの運営主体は、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)だ。経済産業省の監督のもと、JC-STAR(セキュリティ要件適合評価及びラベリング制度)の運用を任されている。
ラベリングの対象製品の範囲は、インターネットに直接または間接的に接続可能なIP対応の消費者向け・産業向けIoT製品である。ルーター、ネットワークカメラ、センサーなどが想定されている。パーソナルコンピュータやスマートフォンは対象外である。インターネットに直接接続できないものであっても、別の機器に接続してインターネットにつなぐことができる場合には対象となる点は、注意が必要だ。
内閣官房は、政府機関の機器選定基準にJC-STAR取得製品を含めるという方針を出しており、政府機関の調達基準にもJC-STAR取得が組み込まれる見込みだ。
JC-STARの適合ラベルは、セキュリティ基準に応じて★1から★4の4段階のレベルを設けている。
2025年3月からは、最も低いレベルであるラベル★1の発行申請受付が始まっている。それ以上のセキュリティのラベル★2、★3、★4は2026年4月以降にラベル発行と認証の詳細がアナウンスされる予定だ。JC-STARラベリングシステムのメリットを享受できるかは実際の運用にかかっている。今後1年の運用状況に期待したい。
From the Project Leader
プロジェクトリーダから
2030年の住まいを創造する未来住宅プロジェクト「Open Smart UR」は、5年後の2030年を目標に、INIAD cHUB(東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)とUR都市機構が共同で進めている研究開発プロジェクトである。
5年先であれば、その時点での技術水準は比較的正確に予測可能だ。しかし、技術を実用化し普及させる段階においては、技術開発そのものよりも、むしろ制度改革が円滑に進むかどうかが大きな課題となる。特にAIの進歩はあまりに急で予測が難しい側面もあるが、AIが状況を理解し、気の利いた制御をどこまで実現できるかという技術的な課題も、突き詰めれば、住人のプライバシーデータをどう扱うかという制度の問題に帰着する。
イノベーションは、技術開発と制度改革が両輪となって初めて成功するものだ。全国展開する大規模な独立行政法人であるUR都市機構においては、この課題はより顕著になる。たとえば、URは独立行政法人であるため、物品の調達は原則として入札によって行われる。この調達基準は、特定の企業に偏ることなく、提示した基準を満たすものを多様なベンダーから広く購入することで、不公平や独占を許さず、良質なものを安く安定的に入手するという考え方に基づいている。
本プロジェクトが目指すAI・IoT融合住宅では、あらゆるものがコンピュータでつながって協調動作し、生活をサポートする。そのためには、照明、空調、電子鍵といった多種多様な機器を、特定のメーカーに縛られることなく連携させる「オープンな規格」が不可欠となる。このオープンな規格は、下位の物理層からミドルウェア、アプリケーション層に至るまで、機器やシステムごとにどの階層で規格適合を図るかを明確にすることで、多様な機器によるシステム統合を可能にする。
さらに、その規格を満たしていることを証明するための「技術認証」の仕組みも必要だ。ある製品が特定のメーカーのものでなくても、規格に適合していると認証されれば問題なく動作する、という環境を保証するには、規格の策定から認証基準の確立までが求められる。そして最終的には、それらをURの調達基準に落とし込んでいくことになる。この一連のプロセスには5年程度の期間を要するため、本プロジェクトは2030年を目標としているのである。
ただし、この技術基準自体もAI の進歩によってそのあり方を変えていくと考えられる。本プロジェクトでは、その研究も視野に入れている。将来、APIの仕様が明確であれば、AIがプロトコルの意味(セマンティクス)を解釈し、機器間のすり合わせを行うソケットを自動生成することも可能になるだろう。そうなれば、厳密な技術規格の必要性は薄れていくかもしれない。一方で、そうしたAIによるすり合わせを円滑にするため、仕様情報やセキュリティ関連の決まり事をAIが読みやすい形で提供する「MCP(Machine Co-readable Policy)」のような「AIのための規格」も登場している。規格の意義も、そのあり方も、今後大きく変わっていくことが予想されるのだ。
この5年間で取り組むべきもう一つの重要な課題は、データの活用である。収集したデータを活用することで、居住空間の快適性やセキュリティの向上、少子高齢化社会に対応した高齢者の見守り、そして世界的な課題であるエネルギー消費の抑制などが可能になる。特に、先に述べたように、個人情報の利用に関わるセキュリティやプライバシーの確保は、技術的な挑戦以上に、ルールの整備が重要となる。AIの活用が進むにつれて、どのようなセキュリティモデルを構築すべきかという問題はさらに重要性を増し、もはや個々の住宅内のコンピュータだけで解決できる問題ではない。
このように、未来住宅の実現には、研究開発と並行して、制度上の課題解決に注力していく必要がある。5年という期間は、これらの複合的な課題に取り組むうえで、長いようで短い時間と言えるだろう。
坂村 健
編集後記
最近のAIの先端分野でたいへん注目されているのが「AIエージェント」である。このAIエージェントは、単一のタスクではなく、与えられたタスクを細かく分解し、それぞれの部分に必要な外部システムのAPIを呼び出して問題を解決し、最終的に分割されたタスクを総合的に判断する優れたシステムである。
たとえば、旅行の計画を立てる場合を考えてみよう。AIエージェントなら「京都への3日間の旅で予算はこれぐらい。プランをいくつか作って」と言うだけで、記録してあるユーザの好みや過去の旅行履歴をもとに、観光案内サービスのAPIを使い、レビューもチェックして比較し、住んでいる場所から目的地までの交通手段を調べるために交通関係のAPIを利用し、いくつかのツアーのプランを立て、ユーザがプランを選択すれば、宿泊先を手配しレストランを調べて予約するところまで、一連のタスクを自律的に行ってくれる。当然、各タスクに対応する専用サイトのAPIを利用する必要がある。
しかし、このシステムをうまく使いこなすためには、AIエージェントから必要に応じて選択した任意の外部サービスを自由に利用できる状況が必須になる。AIエージェントのサービス提供者とは契約を結んでいるので信用するとしても、そのAIエージェントが状況に応じて使う任意のサービスのすべてと契約関係を結んでおくという状況は非現実的だ。逆に、特定の契約状況にあるサービスのみ利用を許すなら、AIエージェントの手足を縛っておいて「これではRAG(AIによる検索)とたいして違わないじゃないか」ということになり、AIエージェントの良さを活かすことができない。
問題は、日本の企業では、このようなオープン志向のシステムの導入が困難だということだ。その主な理由は、セキュリティに関する考え方にある。日本のセキュリティ思想はたいへん閉鎖的で、「怪しいものを接続しなければ安全」という境界型セキュリティの考え方が、いまだに主流である。これは城壁で外敵の侵入を防けば、内部は安全という発想で、ファイアウォールやVPNへの重点投資、外部クラウドサービスの利用禁止などが実施されている。
しかし、この考え方は実は脆い。侵入されないことを大前提にするという考えは、一度、侵入されると、内部で悪意のある行為が行われても防げない可能性が高くなってしまう。現在のセキュリティ侵害の約35%がVPN脆弱性、28%が内部不正によるものであり、境界型セキュリティの限界が明らかになっている。
世界的には、このような境界型セキュリティではなく、「ゼロトラスト」という考え方でセキュリティを構築することが一般的になっている。ゼロトラストは「信じるな、常に検証せよ」を基本原則とし、内部を含め「何も信頼しない」ことから出発する。侵入されるリスクが常にあることを前提に、すべてのシステムアクセスを都度検査・認証・ログ取得し、外部との連携は受け入れつつ、常に行動を監視し、危険を感知したらすぐに遮断するアプローチである。
現在、情報システムは急速に進化しており、常に最先端技術に追従する必要がある。そのためにはクローズの限界がどうしても出てくる。単にAIエージェントを導入するかどうかの議論ではなく、セキュリティアーキテクチャもゼロトラストに移行するなど、連鎖的な変更が求められる。
しかし、日本の企業は変化を極度に嫌がる傾向があり、足踏み状態に陥っているのが現状である。この背景には、日本独特の組織文化がある。クローズ、すり合わせ、ギャランティ、局所最適といった日本が得意とする領域は境界型セキュリティと親和性が高い。一方で、オープン、連携、ベストエフォート、全体最適といったゼロトラストに必要な要素は日本が不得意とする分野である。
世界の状況を見ると、北米では72%、西欧では68%の企業がゼロトラストを導入済み・導入中であるのに対し、日本はわずか18%に留まっている。このような状況をどう打破していくかが、これからの日本企業にとって重要な課題となる。
この種の講演依頼やコンサル依頼が多く寄せられているが、以前から私が主張している「オープン思想」がなかなか理解されないことや、技術面以外の変化を嫌がる傾向が障害となり、なかなか新しい変化に対応できない実態を感じている。
海という「境界」に守られて安全を確保できた日本では、境界を守れば「内部は大丈夫」と安心したいという気持ちが心の奥に常にあるようだ。それに反する「ゼロトラスト」は、常に他人を疑っているようで「疲れる」と感じられるのかもしれない。しかし、レガシー保守の限界やIT人材の大量退職が現実となっている今動かなければ、競争力の喪失とグローバル基準からの脱落は避けられない。境界型セキュリティがデジタル化の足枷となり、AIエージェントをはじめとする次世代技術の恩恵を受けることができなくなってしまうのは大きな損失だ。
世界の動きに遅れをとっている状況にあることに、そろそろ多くの人が気づき始めているが、この気づきから早急に行動に移さないと手遅れになる可能性がある。最近の状況を見ていると、もっとスピードを上げて対応する必要があるのではないかと感じている。
坂村 健