TRONWARE Vol.213

TRONWARE Vol.213

ISBN 978-4-89362-390-4
A4変型判 並製/PDF版電子書籍(PDF版)
2025年6月16日発売


特集1:生成AIと共創する未来の教育

OpenAI Japanが主催し、AI技術の発展が教育・研究分野に果たす役割について考えるイベント「OpenAI Education Forum Tokyo」が2025年3月17日に渋谷スクランブルスクエア 渋谷キューズで開催された。

坂村健INIAD cHUB(東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)機構長は、「生成AIと共創する未来の教育──AIと共に進化するINIAD学びの現場──」と題して講演を行った。生成AIを教育現場に活用する際のポイントやメリットを具体例をあげて解説し、全学生が有料版AIを利用可能にするためにINIADで開発したAI-MOP(AI Management and Operation Platform)の活用事例や、東洋大学全体で推進しているAIを活用したDXの取り組みを紹介した。

本稿はOpenAI Education Forumにおける講演内容をもとに、中国発のLLM「DeepSeek」の最新動向やINIAD教育でのAI活用の成果などを加筆し、再構成したものである。

AI-MOP 

特集2:ODPTウェビナー2025〜公共交通オープンデータ協議会のいま〜

公共交通オープンデータ協議会(ODPT)は、公共交通データのオープンな流通を目指す、産官学連携の協議会である。2022年からは、公共交通データのオープンフォーマットであるGTFS(General Transit Feed Specification)やGBFS(General Bikeshare Feed Specification)の国際的な標準化に取り組む非営利団体MobilityDataとも連携し、日本における公共交通データのオープンプラットフォームの実現に向けて活動している。

2025年2月27日にODPTの活動を紹介するウェビナーが開催された。本稿では、その中からODPTの活動内容とMobilityDataの取り組み、さらに日本国内の公共交通オープンデータに関するさまざまな事例を紹介する。

公共交通オープンデータ協議会(ODPT) 

カリキュラムを一新! 生成AI時代に向けたIoT人材育成プログラム

Open IoT教育プログラムは、高度なIoT技術を身につけたい社会人の方を対象に、IoT関連分野の体系的な知識とスキルを短期間で身につけることのできる「学び直し」のプログラムとして、2018年より開講を続けてきた。

2025年度より、生成AIによる急速な変革の時代のニーズに合わせ、カリキュラムを一新する。

新プログラムでは、IoT分野を支える約150社が入会するトロンフォーラムと連携し、リアルタイムOSの世界標準規格IEEE 2050-2018に準拠したμT-Kernel 3.0、IoT-Engineを用いたシステム開発を学習する(C言語に関するスキルを前提)。

さらに、これからのソフトウェア開発において不可欠となる生成AIの活用技術をより深く学べるようになった。INIAD AI-MOPを活用し、基本的なプロンプティングからRAGやFunction CallingによるAPI連携まで、実践的なスキルを身につけることが可能だ。

もちろんこれまでと同様に、多くの演習講義を対面とオンラインが選択可能なハイブリッド形式で実施する。受講期間中は貸出を行うIoT-Engineを利用して、効率的な学習が可能だ。

TIVAC Information:IoT機器のセキュリティ課題:一般コンピュータとの共通性

IoT機器の普及に伴いセキュリティの脆弱性が深刻な課題となってきた。しかし多くの課題は一般のコンピュータにおける課題と同じである。そこで本稿では、米CISA(Cybersecurity Infrastructure Security Agency)の公開データを用いて、IoT機器の脆弱性が一般のコンピュータと共通である点を解説する。JSON形式の最新のデータ分析を通じて、脆弱性の傾向とその背景に触れ、ソフトウェア開発の課題を提示する。

CISAは、制御機器やIoTデバイス向けのICS Advisory(Industrial Control Systems Advisory)をJSON形式で公開しており、SBOM(Software Bill of Material)の作成や脆弱性追跡を容易にしている。JSON形式によるAdvisoryデータはCISAのGitHubリポジトリから取得可能で、年度別に整理されている。

2025年1月1日から5月1日までのICS Advisoryをもとに、脆弱性の種類(CWE:共通脆弱性タイプ一覧)の頻度を分析すると、PCやサーバーの問題と共通であり、IoT特有の課題ではないことがわかる。IoTと一般的なコンピュータシステムに共通する脆弱性は、ソフトウェア開発プロセスに内在する課題を反映しているため、開発者向けのセキュリティ教育を強化することが喫緊の課題となっている。IoTの安全性を確保するには、業界全体としての包括的な取り組みが必要だ。

From the Project Leader
プロジェクトリーダから

生成AI があらゆる分野に影響を与えるということが数年前から言われてきたが、その後の急速な進歩により、このことがより確実なものとなってきた。その中には当然のことながら教育分野も含み、その影響は小学校、中学校、高校、大学、大学院をはじめとしたすべての教育機関にまで及ぶ。そこで今号の特集1は、生成AIが創り出す未来の教育をテーマとした。生成AIという新しい技術に対して拒否感を持つ人は世界中にいるが、このような現象はインターネットが普及し始めた初期の段階でも同様に見られた。特に日本では、前例のないことや新しいことに対する抵抗が強く、新技術の導入・普及がなかなか進まない傾向がある。

大学など教育機関での生成AIの活用も日本ではスムーズに進んでいるとは言い難い。2022年11月にOpenAIがChatGPTという対話形式のインタフェースによりLLMエンジンを誰もが容易に使えるようにしたことで、生成AIの利用が瞬く間に世界に広がった。当時、INIAD(東洋大学情報連携学部)の学部長を務めていた私は、2023年4月からINIADの教育に生成AIを積極的に取り入れていくことを提唱し、カリキュラムやシラバスも生成AIの利用を前提としたものにバージョンアップした。

現代社会において移動手段としての自動車の必要性を誰も疑問視しないように、仕事や勉強に生成AIを使うこともごく自然なことだと私は考えている。自動車の運転と同様に注意して使用すべきでありルールを守ることは当然重要だが、教育現場においても生成AIの利用を「制限すべきだ」「控えるべきだ」という話にはならないと思う。これからの日本を担う若者のためにも、教育現場で生成AIの利用を積極的に進めるべきで、予習・復習はもちろんのこと、レポート作成、研究、場合によっては試験の際でも、学生はさまざまなシーンに生成AIを活用すべきだというのが、私のスタンスである。

私の考えに同意してくれる人も最近では増えてきたと感じているが、2023年頃は抵抗がたいへん強く、「自分の頭で考えなくなるから、生成AI は教育には使わない方がよい」という教育関係者が多数いた。当時も世界的に見れば米国や欧州のトップ大学などで積極的に教育に生成AIを活用しようとする人々が多くいたが、日本では少数派だったため、INIADのこうした先進的な教育アプローチが際立ち、多くのメディアで注目された。先日(5月17日)も生成AI活用の教育実践の一例として、私の授業がNHK「サタデーウオッチ9」で紹介された。

生成AIに反対する人々はさまざまな理由を挙げるが、その中に「AIがハルシネーション(事実と異なる情報の生成)を起こす」というものがある。しかし実際に生成AIを使用している人なら分かるように、ハルシネーションはどんどん減少している。とはいえ、生成AIであれ人間であれ、どんな優れた存在でも間違いを犯すことがあり、100%正しいということはありえない。さらに言えば、怖いのはハルシネーションがほとんどゼロになったときだろう。今のAIの進歩を考えると、早晩そういう状況になることは確実だ。だからこそ「チェックする」ではなく「良くする」──対話を通してAIの出力を共により良くしていくという意識を持つべきだ。そうでないと、チェックしても問題がないということが続けば「内容が正しければそのまま出せばいい」という風潮になってしまいかねないのだ。

生成AIに反対する人々は「自分の頭で考えなくなる」「人工物より人間の方が優れている」といった感情論に陥っている場合も多い。しかし、教育改革を行うためにもAI時代の教育はどうあるべきかを今こそ大いに議論すべきである。今号の特集をご覧いただき、教育へのAI活用に関する私の考え方をご理解いただければと思う。

また、特集2では私が会長を務める公共交通オープンデータ協議会(ODPT)のウェビナーを取り上げる。ODPT は公共交通データのオープンな流通を目指す産官学連携の協議会である。「公共交通オープンデータチャレンジ」と題した公共交通オープンデータを活用したオープンイノベーションのためのアプリケーションコンテストも定期的に開催しており、国内外から多くの作品の応募がある。さらに2022年からは公共交通データのオープンフォーマットであるGTFSやGBFSの標準化に全世界的に取り組むMobilityDataとも連携し、日本における公共交通データのオープンプラットフォームの実現に向けて活動を行っている。日々の地道な活動により会員数が着実に増え続けているODPTの最新情報にぜひご注目いただきたい。

2025年度も私たちは精力的にさまざまなプロジェクトを進めている。引き続きTRONプロジェクトに対する皆様の温かいご支援をお願いする次第である。

坂村 健

編集後記

私の最近の講演では何度も述べていることだが、生成AIの進化は目覚ましく、ハルシネーションもどんどん克服されてきている。以前ならば「この分野では生成AI はまだ実用にならない」などと言われていたことが、最近では「できない」と思うことが大幅に減ってきている。さらに、生成AI内での複数チェック機能により、特にSNSに投稿されている信頼性の低い情報に対しては警告を出すようになり、「よく確認した方がよい」というアドバイスまで出すようになった。さらに生成された回答には参考文献などのリファレンスが示されるようになり、その進化の速さには驚かされるばかりだ。

現在、トロンフォーラムにおいては、組込みプログラミングに生成AIを活用することを積極的に推進している。情報処理系のプログラミングにおいては、最新のAIモデルの登場により、ほとんど問題が見られなくなり、実用性が高まってきた。一方、組込み系プログラミングはまだ改善の余地がある。その背景には、限られたリソースにおいて、組込みシステム特有のハードウェア依存性やリアルタイム性が要求されるという点がある。また、組込み分野特有の専門的な知識や経験が必要となり、質の高いデータが十分に存在しないということもある。情報処理系と比較して組込み系プログラミングにおける生成AIの活用はより慎重なアプローチが必要とされている。

このようなトピックに興味がある方は、トロンフォーラムが開催している生成AIを活用したプログラミングの講習会にご参加いただきたい。また、本誌でも組込みプログラミングへの生成AIの活用について継続して取り上げていきたいと考えているので、引き続きTRONWAREをご購読いただければ幸いである。

坂村 健

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